紅葉伝説殺人事件



「やっと終わったと思ったのに、休む間もなくとんぼがえりね」

ようやく宿泊先のホテルへ戻ると、マリコは『ふぅ』と息を吐き首をコキコキ動かす。
事件だけではなく、母親のことも重なって精神的にも肉体的にも疲労がピークなのだろう。

「急いで荷物を詰めるわ。少しだけ待ってね」

マリコはバッグを広げた。

「その前に。榊、こっちに来い」

ベッドに座った土門はマリコを手招きする。

「なに?」

「ちょっとここに座れ」

自分の足の間にマリコを座らせると、薄い肩に手を置きゆっくりと揉んでいく。

「あー……」

マリコは自然と声が出てしまう。

「場所はここで合っているか?」

「ええ。そこよ、そこ!」

「気持ちいいか?」

「ん。いいわぁ…」

土門は苦笑する。
自分で始めたことだがマリコの声は腰にくる。

「よし。じゃあ、準備を急げ」

「えー!もうお終い?」

『こいつはっ!』と土門はピクリと眉を動かす。
マリコの体をひょいと抱き上げると、そのままベッドに押し倒した。

「なんならもう一泊していくか?お望みなら一晩かけてマッサージをしてやるが?」

マリコにのしかかった体勢で、土門は迫る。

「だ、大丈夫。私ばかりじゃ悪いし」

慌てふためくマリコが可笑しくて、土門はもうひと押し悪ふざけを加えた。

「それなら、お前も俺にマッサージしてくれないか?」

緩く反応し始めた腰をマリコに押し付けると、頬を赤らめ困ったような顔をする。

「ばか。冗談だ」

土門は苦笑し、起き上がる。

「待って」

マリコは腕を伸ばすと、離れていく土門を引き止めた。

「榊?」

「戻ってから………」

一瞬視線を逸したかと思えば。

「………じゃぁ、だめ?」

ちらっと上目遣いで土門を見上げる。

再び『こいつはっ!!!』と土門は目を閉じ、こめかみをピクピクと痙攣させた。

「いいだろう。その代わり手付金はいただくぞ」

「えっ?……………んーっ!」

一度だけでは足りない。
二度でもまだ不足だ。
三度目に深く重ね合わせ、土門はようやくマリコを開放した。

「確かにいただいた」

ニヤリと笑う土門とは対象的に、マリコは蕩けた瞳でくたっと脱力する。

「さっさと支度しろ。本気で襲うぞ?」

「誰のせいだと思ってるのよ!」

土門は枕に襲撃された。



京都に戻る列車の中で、マリコは伊知郎へ電話をかけた。

「母さんの様子はどう?」

『色々なことがあって流石に疲れていたみたいだけどね。今朝から張り切って博物館のボランティアガイドに出かけて行ったよ』

「ああ。今日からだったのね」

『うん。フィールドワークで仕入れた知識も披露するんだと、昨日遅くまでネタ帳を準備していたみたいだ』

「さすが母さん…」

『まあちゃん』

「なに?」

『今度のことでは迷惑をかけたね。本当なら父さんが迎えに行くはずだったのに』

「もういいわよ。事件も無事に解決したし。あ、そうだ。浮気を疑ったこと、許してもらえたの?」

『ボランティアガイド用の新しい靴と帽子で許してくれるそうだ』

「それくらいで済んで良かったわね。父さんが信用してくれないって、母さん泣きそうだったもの」

『いや。……………面目ない』

「そういえば、川村さんはどうされているの?」

『うん。事件以来すっかり仲良しになったみたいでね、時々家にも遊びに来るよ。川村さんは一人暮らしらしいから』

「確か、親戚もいないと言っていたわ」

『そうなんだ。だけど、川村さんの亡くなった母親は有名な作家さんだったらしくてね。今でもお弟子さんが川村さんの家に集まったりして、それなりに賑やかみたいだ。今度、ホームパーティーに母さんと二人で誘われたよ』

「そう!お元気そうで良かったわ」

『うん。こっちは心配しなくて大丈夫。そうだ!今、土門さんも一緒かい?』

「ええ」

『少し代われるかな?土門さんにもお礼を言いたくてね』

「待ってて」

マリコは座席に戻り、土門にスマホを渡す。

「土門さん、父さんが話したいって」

「俺に?」

「ええ」

「………分かった」

入れ違うように、土門はデッキに向かう。

「もしもし、土門です」

『やあ、土門さん。榊です。この度はうちの親子がご迷惑をかけました』

「いえ」

『実はですね。母さん…妻に、マリコとあなたの関係を根掘り葉掘り聞かれましてね』 

「はあ…」

『二人は一緒に暮らしているらしいと言っておきました』

「はっ?今、なんと?」

『だからね。君たちは同棲しているとね…』

「いえ!自分たちはまだ一緒には住んでいません!」

『“まだ”ってことは、予定があるってことかな?』

「……………」

「しまった」と土門は口をつぐんだ。

『土門さん。近々マリコと横浜へ来てはもらえませんか?』

「あの、それは…」

『マリコが嫌いですか?』

「いえ!」

『だったら、もうそろそろいい頃合いでしょう』

「……………」

『お待ちしていますよ。二人で顔を出してくれるのを』

「……………はい」

電話の向こうからは失笑の後、別れの挨拶が告げられ通話は切れた。



「父さん、何ですって?」

「……………」

土門は何とも言えない顔で、マリコへスマホを返した。

「土門さん?」

「いや。何でもない…」

「?」

それ以降、土門はマリコの隣で腕を組み目を閉じてしまった。


13/14ページ