紅葉伝説殺人事件



長野からの一行は、京都駅で蒲原と落ち合った。
土門を介して互いに簡単な挨拶を交わすと、蒲原の運転する車で須藤組へ向かった。

道すがら、土門はこれまで情報を蒲原とすり合わせる。

「調べたところ、殺された須藤組の男は保科ほしなの部下だったようです」

「保科とは?」

千津川の質問に、土門が答える。

「赤城のスマホに映っていた、女の幹部です」

「須藤組長の愛人でしたね」

「はい。しかし今では二人の関係は終わっているとの専らの噂です。どうやら、須藤に新しい女が出来たのが原因らしいですが」

蒲原が説明を加える。

「それなら、保科の造反ということもあり得るな?」

「ごっそり慰謝料がわりの金をふんだくって、出て行くつもりかもしれませんね」

「とにかく本人たちに直接聞くのが近道だな」

「同感ですな」

車に乗ってから目を瞑り、眠っていたのかと思われた鶴井が呟いた。




黒板に金字で須藤組と書かれたドアを開けると、広間でたむろしていた数人の男たちが振り返り、立ち上がる。

「オッサン、誰だ?」

意気がる男に、土門はふんっと鼻で笑ってみせる。

「おいっ!ここがどこだかわかってんのか?あぁ?」

「わかっていますよ。老眼でも、看板の名前はちゃんと読めるんでね」

鶴井はこの場にそぐわない穏やかな声で男に言った。

「ジジイ!バカにしてんのか!」

別の男が土門の目の前のテーブルを蹴り上げる。
ドカッと大きな音が響いた。

「おぉい!うるせーぞ!」

奥の扉が開き、今度は身なりのいい男が顔を出した。
しかしドスの聞いた声は、ほかの連中と一味違う。

「よぉ、瓜生うりゅう

土門はその男へ親しげに手を上げた。

「土門さん!」

対して、瓜生と呼ばれた男の方は苦い顔だ。

「須藤はいるか?」

「……少々お待ちを」

男はもとの部屋へと消える。

「あの男は?」

「須藤組の若頭ですよ」



「土門さん、お久しぶりですな」

奥の部屋から瓜生を従えて現れたのは、壮年の男。
この男が須藤組の4代目だ。

須藤が姿を見せると、下っ端たちは整列し頭を下げた。

「須藤、元気そうだな」

「おかげさまで。土門さんも」

「俺も?今さっき、そこの連中にボコされそうになったがな?」

土門は顎をしゃくり、机を蹴り上げた男の方を見た。

「申し訳ない。躾が行き届いていないようだ。瓜生」

「はい」

瓜生はその男の腕を掴んだ。

「すんません、すんません。ひぃぃぃ!」

ぐいぐいと腕があらぬ方向へ曲がっていく。
だが、絶叫する男を前に瓜生は顔色一つ変えず、さらに力を込める。

「おい、そのへんにしといてやれ。暴行の現行犯でしょっぴかれたくないだろう」

「瓜生」

須藤の一声で、瓜生は男を開放した。
激痛から開放された男は、床に座り込み、腕を擦る。

「で、今日は何の用ですかな?それに……」

須藤は土門の背後の二人が気になるようだ。

「こちらは長野県警の方だ」

「長野?」

「そうだ。俺たちは保科に話を聞きに来た」

紅葉もみじに?」

そういえば…と、土門は思い出した。
保科の名前もまた、『紅葉』であった。

「ああ。どこにいる?」

「生憎だが、昨日から顔を見ていない」

「ほう。他の女に乗り換えたという噂は本当らしいな」

「……………」

須藤は何も答えない。

「誰も居場所を知らないのか?」

「瓜生、お前知っているか?」

土門に問われ、須藤は瓜生を振り返る。

「今朝早く、旅行へ行くと新幹線のチケットを予約していました」

「旅行?どこへだ」

「はぁ。それが長野と言っていました」

刑事4人は顔を見合わせる。

「失礼。長野県警の千津川と言います。この写真の男、ご存知ですよね?」

数歩足を進めた千津川が、稲葉の写真を差し出した。

「俺は知らん」

須藤は即答する。
それも無理からぬことだ。
須藤組ほどの大所帯ともなれば、頭が末端のパシリのことまで熟知しているわけがない。

瓜生の方は暫く考え込んでいた。

「こいつ、多分保科の手飼じゃないかと…」

「なに?間違いないか?」

土門が詰め寄る。

「何度か一緒にいるところを見かけたことがあります。その……」

瓜生は工藤の方を気遣う。

「ふんっ!紅葉の遊び相手というわけか?」

工藤は忌々しげに男の写真を睨む。

「もういいですかな、土門さん。俺もこれ以上若い奴らの前でコケにされるのは我慢がならねえ」

保科の一件は、よほど須藤の腹に据えかねたようだ。

「わかった。邪魔したな」

深追いはせず、土門たちは須藤組を引き払った。



土門たちが去ったのち、須藤組も慌ただしく動きだした。

「瓜生。紅葉とあのガキの仲を黙っていたことは目をつぶってやる。その代わり、俺を長野に連れて行け」

「頭?」

「最近、ヤクの在庫量が帳簿と合っていない。紅葉に調べさせていたが、もしかすると“灯台下暗し”だったかもしれん」

須藤は口の端を引き上げて嗤う。

「いい度胸だな。紅葉……」

その表情と声に、瓜生は久しぶりに背筋が凍るのを感じた。




一方、刑事を乗せた車内では。

「保科が長野に向かったということが気になります」

「ですが、今朝出発したのなら保科に殺害はできませんよね?」

千津川の言葉に、運転していた蒲原が答えた。

「ええ。そうなると保科、赤城、稲葉の関係性はいったい…」

「須藤組との関わりはどうなんでしょう?私の見た限りでは、須藤組長は本当に保科という女の居所を知らなかったように見えましたが」

鶴井の言葉に、土門も頷く。

「やはり保科が単独に動いていた可能性が濃厚ですね」

そのとき、千津川のスマホが鳴った。

「千津川。北本きたもとか?お疲れさん。……うん。………そうか。すぐに戻る」

「警部?」

「北本からです。赤城の意識が戻ったそうです。我々はすぐに長野へ戻りますが、土門さんは…?」

「自分も同行させてください」

「分かりました。このまま京都駅へ直行してもいいですか?」

「構いません。蒲原、京都駅へ向かってくれ」

「分かりました」

「それと府警へ戻ったら、藤倉部長へ報告を頼む」

「はい!」


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