紅葉伝説殺人事件
「大分色づいてきたわね」
目線の先には赤を中心に暖色に染まった山並みが美しい。
「ああ。朝晩冷え込むわけだな。お前には辛い季節がやってきたな」
マリコは眉間にシワを寄せる。
この科学者は酷く寒がりで冷え性なのだ。
そのくせ。
「くしゅん!」
やっぱりな、と土門は呆れる。
「シャツに白衣だけで、この季節に屋上へ来るやつがあるか!」
土門でさえジャケットを羽織っても肌寒く感じているのだ。
「だってすぐに結果が知りたいって言ったじゃない」
「俺だって、上着を着てくる時間くらい待てるぞ」
「……………」
分かりやすく、むっとするマリコ。
土門は上着を脱ぐと、マリコの肩に羽織らせた。
「着ておけ」
「いいわよ…。今度は土門さんが寒くなっちゃうじゃない」
「お前が風邪をひいたら、看病するのは誰だ?」
「うっ…」
仕事とプライベートでは、パワーバランスがやや変わる二人である。
とはいえ、マリコも包まれる香りと温もりが嫌なわけではなく、本当は嬉しい。
だから、つい頬が緩みそうになる。
♪♪♪
「電話?土門さん??」
「いや、お前じゃないか?」
確かに着信音はジャケットの下、白衣のポケットから聞こえているようだ。
「はい、榊。はい?そうです。京都府警科捜研の榊マリコです。はい、あの何か?……え?ええ!?」
マリコの反応に、土門の顔が険しくなる。
事件だろうか?
しかし、土門のスマホは沈黙したままだ。
「分かりました。すぐに向かいます。はい、すみません…」
マリコは通話を終えても、呆然としたままだ。
「榊、事件か?」
「…うん。事件も事件。大事件よ。土門さん!」
「なんだ!」
「一緒に長野へ行ってくれない?」
「は?」
マリコは今しがたの電話の内容を、詳しく土門に説明した。
『もしもし、榊さんですか?』
「はい?」
『京都府警の榊マリコさんの携帯でしょうか?』
「そうです。京都府警科捜研の榊マリコです」
『こちらは長野県警長野中央警察署です。榊いずみさんはあなたのお身内で間違いないでしょうか?』
「はい、あの何か?」
『実はこちらの管轄内で起きた事件に、榊いずみさんの関与が疑われています』
「え?」
『殺人事件です』
「ええ!?…それで、母は?」
『お母さまはご帰宅を希望されております。現段階では、はっきりと関与が確定しているわけでもありませんし。我々としても、身元のしっかりとした引受人の方がお迎えに来ていただけるなら、お帰りいただいてもよいと考えておるのですが…。榊さん、こちらに来ていただくことはできますか?』
「分かりました。すぐに向かいます!」
というやり取りがあったのだ。
「殺人事件か…。その話の感じだと、可能性は低いがまったく容疑が晴れたという訳でもなさそうだな」
「それにしても、母さん。何で長野に。旅行かしら?」
「何も聞いていないのか?」
「ええ」
「お前が身元引受人に指定されたのも気になるな。順当にいけば、榊監察官が呼ばれるはずだ」
「そうよね?どうして私なのかしら…」
土門には嫌な予感があった。
もしかしたら、男連れなのではないか?
だから、旦那には連絡されたくなかったのではないか?
しかしそんなことはマリコには言えない。
「どうする?今すぐ行くのか?」
「行くわ。驚いてあんなこと言っちゃったけど、気にしないで」
「あんなこと?」
「一緒に…って。土門さんも捜査で忙しいのに。ごめんなさい」
「半日ぐらいなら問題ない。長野まで送ってやるよ。その後のことは、向こうで相談しよう」
「本当?ありがとう…」
マリコはほぅ…と、肩の力が抜けるのを感じた。
一人ではやはり心細い。
「榊監察官には知らせるのか?」
「……まずは母さんに会ってからにするわ」
「分かった。支度ができたら連絡しろ」
「ありがとう。あ、これ鑑定結果」
「ん」
マリコから封筒を受け取ると、そのまま土門はマリコの腕を引いた。
「なに?」
「お前を産んだお袋さんだ。大丈夫、心配するな」
「………………うん」
土門は、ポンとマリコの髪に触れる。
「戻る…ハックショイ!」
マリコは苦笑しつつ、ジャケットを持ち主に返した。
「ごめんね、土門さん」
二人は寒さと急く気持ちから、足早に屋上をあとにした。