ただひとり、貴方だけ




翌日、犯人の取調中、土門は藤倉に呼ばれた。

「土門、浅野から休暇届けが出されているが…?」
「はい…。申し訳ありません……」
昨日マリコを病院へと送り届け、一度捜査一課へ戻ってみると、みやびの姿はなかった。
そして定時後、FAXで休暇届けが土門宛に送信されてきた。

「何か、謝るようなことをしたのか?」
藤倉がうかがうようにたずねる。
「いえ………」
珍しく口ごもる土門の様子に、藤倉は苦笑した。

「詳しいことは聞かないが…。お前が悩むことではないだろう。それに謝罪どころか、浅野警視正からお礼の電話がかかってきた」
「?」
「彼女は捜査一課を目指すのは諦めたそうだ。その代わり、元々の移動先だった警務部で心機一転頑張ると、警視正に言ったらしい。ことのほか喜んでおられたぞ」
「……そうですか」
「話は以上だ」
「失礼します」
土門は軽く頭を下げると踵を返し、扉のノブに手をかける。

「ああ、土門」
「はい?」
藤倉の呼びかけに顔だけ振り向く。
「ご苦労だったな……」
「………」
見透かされたような労いの言葉に、今度は土門が苦笑を返す番だった。



「おい!足の具合どうなんだ?あまり歩くなと言われてるだろう…」
刑事部長室を出たその足で屋上へ向かった土門は、先客に気付いて足早に近づいた。
マリコが松葉づえをついて、空を眺めている。

「たまには動かないと、体が固まっちゃうわよ」
「今日も遅くまでかかりそうか?」
「うん…。明日までは無理ね」
風になぶられる髪を押さえながら、マリコが答える。

「そうか。帰るときに連絡しろ」
「タクシー頼むから大丈夫よ?」
「そうじゃなくてだな……。足が治るまでは俺の家から通え。送迎してやる」
「えっ?……いいの?」
マリコが上目使いでたずねる。
「いいから言ってるんだ。飯も着替えも、なんなら風呂の世話もしてやるぞ?」
土門はニヤリと笑って、マリコを見る。
「それなら行かない!」
「………冗談だ」
いたずらっぽく笑う土門に、もぉ!とマリコは膨れて見せる。

だが……。

実は、いたって“本気だ”と、顔は笑っていても土門の目は笑っていない。
そんな土門に気づけないマリコには……甘い試練の日々が待っているに違いない。





fin.



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