ただひとり、貴方だけ




マリコを担いだまま、土門はみやびに近づく。
「浅野、榊に何か言うことはないのか?助けてもらったんだろう?」
「……ありがとうございます。……でも!あなたが土門刑事の命令を無視して車から飛び出したりしなければ……」
「確かにそうだな。だが、それに便乗したお前も同罪だ」
「……申し訳ありません」
土門に、にべもなく言われ、みやびは謝罪した。

「浅野、仮にもお前は刑事だ。榊に守られてどうする?本来ならお前が守る側だろう」
「それは!……榊さんではなく、私が負傷するべきだったということですか?」
土門の言葉にみやびは顔色を失い、担がれたままのマリコの背中をじっと見つめている。

「そうじゃない、何を言っている?」
土門が眉間に皺を寄せる。

「ずっと不思議でした。土門刑事はどうして仲間の刑事よりも科捜研を信頼するんですか?科捜研は物証を鑑定するのが仕事で、我々とは違います」
「浅野…。そんなことを言っている間は、お前は『そこ』止まりだ。俺は仲間の刑事たちのことを、命を預けられるほどに信頼している。もちろん科捜研もだ。だいたい、刑事も科学捜査員も事件解決に向けて共に協力する仲間だろう。同じ警察組織の一員だ。違うか?」
顔を赤くして、憤慨するように話すみやびとは対照的に、土門は冷静に、彼女へ諭すように話しかける。

「それなら、私のことも信頼して下さい!榊さんや蒲原さんではなく、私を。私を……パートナーとして土門刑事の隣に居させて下さい!!」
みやびの告白ともとれる叫びに、マリコの体が強ばったのを土門は感じた。
担いだままの背中をポンと安心させるように一度だけ叩く。
そして……。

「悪いが、お前のことをそういう目でみることはできない」

土門はキッパリと告げた。

「土門刑事……」
「部下として、お前も蒲原も同じ様に大切だ。だが、こいつは別だ」
さらに土門は続ける。

「たぶん、こいつは俺にとって唯一の存在だ。代わりはいない」
土門の背中で、ぶわっ!と派手に赤面したマリコは溜め息まじりに、ばか、とだけ呟く。

「科学者だとか、刑事だとか、そんなことは問題じゃない。俺はこいつだから…、榊マリコだから選んだ、それだけだ。浅野、お前にもいつかそういう奴が必ず見つかる。それまで、お前自身の正義に恥じない警察官でいろ。俺が言えるのはそれだけだ」
土門は俯いたまま立ち尽くすみやびをその場に残し、マリコを連れて車へ向かった。



「土門さん、下ろして」
背中からマリコが言う。
「下ろしても歩けないだろう?」
時間が経つに従って足首の腫れは酷くなっているように見える。
「支えてくれれば大丈夫よ」
「……面倒だ」
「ねぇ、ってば!」
マリコはしつこく土門の背中を叩いて抗議する。

「うるさいっ!大人しくしてろ!これ以上騒ぐと抱き上げ直すぞ!いいのか?」
「………(むぅー)」

「いいから!このまま担がれてろ………」
土門の声がだんだんと小さくなる。
「!」
あっ!とマリコはピンときた。
さっきのみやびとの会話……恥ずかしかったのは土門も一緒なのだと気づいた。
つまり………。

「恥ずかしいから、顔を見るなってこと?」

「………お前のその減らず口は、閉じておくに限るな!!」
「いっ!!!」
突然肩から下ろされて、足に痛みが走る。
痛いと声をあげる前に、土門に口を塞がれた。

「ほら見ろ!歩けないだろう」
結局マリコは車まで抱き上げられて運ばれ、病院へと向かった。



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