ただひとり、貴方だけ
「ありがとうございます。ケースはそこへ置いて下さい」
マリコの指示通り、証拠品をデスク脇に置く。
そのまま研究室を出ようとするみやびを、マリコが止めた。
「浅野さん、私、何かあなたの気に障るようなことしたかしら?」
直球な質問に面食らったみやびだったが、正直に答える気はなかった。
「榊さんとは、今朝が初対面ですよ?」
「ええ。今朝のこと、最初は私の持っていた血痕つきの手袋を見て、ご遺体がフラッシュバックしたことによる反応かと思ったわ。でも、それだけじゃないような気がして……」
「じゃぁ、何だと思うんですか?」
やや挑戦的にみやびは尋ねる。
「それが分からないから…」
聞いてるのよ、と心底困ったような顔をされて、みやびは呆れてしまった。
どうして土門は彼女を隣に置いておくのだろう?
事件解決のために科学者が必要だから?
しかしそれなら、あの宇佐見という研究員でもいいのではないか?
土門のパートナーには同じ志をもった刑事の方がふさわしいと思うのに…何故?
「浅野さん?」
マリコに名前を呼ばれて、はっと現実に戻される。
「…失礼します」
マリコの顔を見ていると、胸のモヤモヤした気持ちをぶつけてしまいそうになる。
みやびも、そこまでみっともないことはしたくなかった。
「えっ?ちょっ、浅野さん!?」
マリコの呼び止める声を無視して研究室を出ていった。
一方、捜査一課へ戻った土門は、蒲原を伴って屋上へやって来ていた。
「仕事中にすまんな……」
「いえ」
「実は宇佐見さんに聞いたんだが…。その……」
口の重い土門に蒲原はピンときた。
「もしかして、浅野さんとマリコさんのことですか?」
「お前、どこまで知っている?」
「いえ、自分は何も知りません。ただ…浅野さんのマリコさんへの対応がおかしいというか……、ほかの皆に対するのとは違うなと思いました」
「そうか……」
「あの…もしかしたらなんですが」
言うか言うまいか悩んでいる蒲原を、土門が促す。
「なんだ?」
「浅野さんは、土門さんのことが好きなんじゃないですか?」
「………」
こいつもか……。
どストライクな質問に、さすがの土門も認めないわけにはいかない。
「………宇佐見さんにもそう、言われた」
「やっぱり……。だからマリコさんにだけ対応が違ったんですね」
さて、どうするか…対応策を考えようと缶コーヒーを空けた土門と蒲原のスマホが同時に鳴った。
「土門だ」
「蒲原です」
二人は目で頷き合うと、同時に走り出した。
しかしそのとき、屋上へ続く廊下を歩き去った人物がいた。
だが、スマホの呼び出し音にかき消され、その足音に二人は気づかなかった。