ただひとり、貴方だけ




マリコが洛北医大から戻ると、ちょうど土門、蒲原、みやびが証拠品のケースを科捜研へと運びこんでいた。
日野がそれを分別している。
「ああ、マリコくん。ちょうど良かった!今ね自己紹介していたところなんだ。浅野さん、こちらが今話していた榊マリコくんです」
「……浅野みやびです」
「榊マリコです」
お互いに頭を下げるが、明らかにみやびからはピリリとした雰囲気を感じる。
この場でそれに気づいたのは、宇佐見と蒲原だけだったが…。

「解剖結果は?」
土門がマリコに尋ねる。
「やっぱり死因は後頭部殴打による脳挫傷だったわ。死亡推定時刻は深夜1時から3時の間ね」
土門と蒲原が頷き合う。

「涌田が調べた公園内の防犯カメラ映像に、何かから逃げような動きをする5人の男が映っていた。時刻は午前2時過ぎだ」
土門の説明に合わせて、亜美がモニターに防犯カメラの映像を映す。

「でね。その男たちの中に、鉄パイプを持ってる人がいたから調べてみたんだ。その人が持ってたの、ほぼ被害者の傷口と一致する太さの鉄パイプだったよ」
モニターには、拡大鮮明化した一人の男が鉄パイプを握っている様子がはっきりと映っていた。
キーボードを亜美から受け取った呂太が、モニターに3D加工した傷口と、映像から実物サイズを弾き出した鉄パイプの一部分を重ね合わせた結果を表示する。それらはピッタリと一致した。

「人物は特定できたの?」
「全員は無理でしたけど、二人は顔認証で前歴者からヒットしました」
今度は、亜美が特定された前歴者の詳細をモニターに表示させた。
「その二人は、今別の班の捜査員が確保に向かっている」
「そう。あとは残りの犯人ね」
「ああ。二人が捕まれば、残りの男たちの素性も、ある程度目処がつくだろう」
「そうね。どちらにしても私たちは裏付けに必要な鑑定を進めましょう」
マリコの言葉が合図となって、それぞれが担当する証拠品を持って、研究室へ移動を開始した。


「土門さん、ちょっと…いいですか?」
珍しく、宇佐見から声がかかる。
「……はい?浅野、これを榊の部屋へ頼む」
マリコが担当する証拠品の箱を運ぼうとしていた土門は、それをみやびに渡し、宇佐見の後について彼の研究室へ入った。

「すみません、お忙しいのに」
「いえ。宇佐見さんから自分に話とは珍しいですから……榊に何か?」
「はい、その通りです」
これは、わざわざ呼ぶ必要もなかったか?と躊躇した宇佐見だったが、念には念を入れて、だ。

「今朝のマリコさんと浅野さんの件、聞いていますか?」
「いえ、特には。自分も気になっていたんですが……」
「実は、浅野さんの様子を心配したマリコさんが、ミネラルウォーターを渡そうと彼女の肩に触れたんです。そうしたら、浅野さんがその手を叩いたんです……」
土門の左眉がピクリと上がり、その後ですぅーと目が細められた。

「マリコさんの話では、自分の持っていた手袋の血痕に反応していただけということでしたが…。浅野さんはマリコさんに“そんな手で触らないで”と叫んでいました」
「………」
土門の眉間に深い皺が刻まれていく。

「それから、これは私の個人的な印象ですが……」
宇佐見は一旦黙ると、言葉を選びながら言った。
「浅野さんは、土門さんに好意をもっているのではないでしょうか?」
「はっ?」
鳩が豆鉄砲とはよくいったものだ…今の土門がまさにそうだろう。
失礼ながら、宇佐見は失笑してしまった。

「たぶん間違いないと思いますよ。自分から土門さんの下に付くことを希望したと専らの噂ですし。それならマリコさんを疎ましく思うのも頷けます」
「いや、いくらなんでもそれは……」
「ない、とは言い切れませんよ。同じ男の私から見ても、土門さんは魅力的な男性ですよ」
「……はぁ」
思わぬカミングアウトを受けてしまった土門だが、まさか自分が原因だとは…いや、信じられない。
そんな土門の胸中を察した宇佐見から最後通告を受ける。

「蒲原さんも気づいてるようですから、何か対策を相談してみてはいかがですか?」
「か、蒲原がですか!?」
「ええ。少なくともマリコさんと浅野さんの雰囲気が普通と違うことには感づいていると思いますよ」
「……分かりました。宇佐見さん、ありがとうございます」
「いいえ。私はマリコさんが中傷されることが許せないだけです」
「宇佐見さん……」
「誤解しないで下さい。私は科学者として、仕事仲間としてマリコさんを尊敬していますから」
爽やかに笑顔で言い切る宇佐見こそ、いい男だな、と土門思った。



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