マリコは鑑定書を持って、捜査一課へ急いだ。
一刻も早くこの結果を伝えたい。
待っているあの人へ。

「土門さ………」

マリコが入口から声をかけると、丁度マリコと土門の視線を遮るように女性職員が割り込んだ。

「土門さん、頼まれていたコピーです」

「ああ」

土門は中身を確認すると、大切そうに封筒にしまった。

「ありがとう」

相好を崩して礼を伝えると、女性は挨拶だろうか、土門と何か言葉を交わし立ち去った。

再び土門を呼ぼうとしたマリコだったけれど、今度は内線に邪魔をされた。

「土門さん、受付に来客です」

「俺に？」

眉を潜めた土門に、別の刑事が指摘する。

「例の女の人じゃないですかぁ？」

「人聞きの悪い言い方するな。すぐに行く」

土門はマリコが立っている場所とは別の出入口から出ていってしまった。

仕方なく、マリコは蒲原を捕まえた。

「鑑定結果が出たの。土門さんに渡しておいてちょうだい」

「ありがとうございます。あの、土門さんならすぐに戻ると思いますけど」

「別にいいわ。忙しそうだから、いろいろね！」

“ふんっ”と少々の嫌味を蒲原に吐き出すと、マリコは白衣を翻しさっそうと一課を後にした。

「なによ。土門さん、職場の女の人にあんなにデレデレしちゃって！それに例の女の人って、誰かしら…？」

マリコはブツブツと文句を呟きながら歩いていたため、土門の目の前を通り過ぎたことに気づかなかった。

「榊？」

呼び声も届かず、マリコはスタスタと歩いて行ってしまった。

首を傾げながら土門が一課に戻ると、蒲原がすぐに近づいてきた。

「土門さん、マリコさんから鑑定書を預かっています」

「おう、悪いな。ところであいつ、何かあったのか？」

「え？」

「さっき廊下ですれ違ったんだが、何だか険しい顔をして早足に歩いて行っちまった」

「俺にはよくわかりません…けど、何か誤解したのかも」

「誤解？」

蒲原は土門の手元に目を向けた。

「ところで、土門さん。その袋の中身、何ですか？」




定時少し前、土門は科捜研へ顔を出した。

「失礼します」

マリコは“つん！”とそっぽを向いている。
土門は苦笑した。

「土門さん、いらっしゃい。今ちょうどお茶を入れたところです。ご一緒にどうですか？」

「ありがとうございます。いただきます。ちょうどいいタイミングだったみたいだ。おい、涌田」

「はい？」

土門は手にした袋を亜美に手渡した。
中を覗き込んだ亜美の表情が“ぱぁー”と華やぐ。

「これ！これ！どーしたんですか？」

亜美は興奮しまくりだ。

「亜美ちゃん、何なの？」

マリコは中味が気になった。

「マリコさん！これ、この前『食べてみたいね』って話していた新作和菓子ですよ！ほら！」

亜美が袋から化粧箱を取り出し、蓋を開けると、そこには秋をモチーフにした上生菓子が並んでいた。
椛に秋茜、菊、秋桜、桔梗…。
まるでこの箱の中に小さな秋が詰まっているような美しさだ。

「本当だわ。きれいね…」

マリコも感嘆し、じっと魅入っている。

「鑑識の奴の嫁さんが予約すると聞いて、一緒に頼んでおいたんだ。食べたかったんだろう？」

最後の一言はマリコに向けたものだ。

「さっき届けに来てくれてな。ダンナが会議中だったから、俺が代わりに受け取りに行ったんだ」

マリコははっとした。

「それと、榊。お前にはこれだ」

土門は封筒をマリコの前に置いた。

「これ…！」

「お前が読みたがっていた裁判記録のコピーだ。取り寄せておいた」

マリコはその封筒に見覚えがあった。
一課をたずねたときに、女性職員が土門に渡していたものだった。

つまり。
女性職員とのやり取りも、来客の女性も、実はマリコのためだったというわけだ。


皆が生菓子に夢中になっていると、土門は菓子よりも資料を夢中で読んでいるマリコに声をかけた。

「機嫌は治ったのか？」

「え？」

「さっきはものすごく険しい顔で、俺の前を通り過ぎて行ったからな」

「え？え？」

「ああ、そうだ。鑑定書ありがとうな。早くもらえて助かった」

「……………」

マリコはなんと答えればいいか、迷ってしまった。
全部自分の思い違いだった。
そして多分。

『気づいてるわよね…土門さん』

マリコが気まずそうにチラリと土門を見ると、ばっちり視線が合う。
土門はくっと眉を上げただけだ。

「土門さん、ごちそうさまでした」

お団子頭を揺らし、亜美はご機嫌だ。

「美味かったか？」

「ものすごーく！」

「それなら頼んだ甲斐があったな。宇佐見さん、お茶ありがとうございました」

失礼します、と土門は帰っていってしまった。

マリコは引き止めることも、謝ることもできず、嘆息した。
すると、ポケットが振動した。

取り出したスマホには、たった今見送ったばかりの土門からラインが届いていた。

『悪いと思うなら、今夜は飯に付き合えよ』

そしてもう一行。

『拗ねてるお前もかわいいよ』

マリコの頬は、あっという間に紅葉した。



fin.