――――― 大きな手だった。

マリコは、自分の隣で身振り手振りを交えながら熱く語る土門の手の動きを目で追っていた。

「ですから、今！今、手を打たないと奴は高跳びする可能性があるんです！すぐにでも逮捕状を請求してください！」

「だったら、確たる証拠を持ってこい」

「部長！」

「無理なものは無理だ！」



「くそっ！」

藤倉との攻防に納得がいかず、土門は怒りを露わにしたまま、マリコと並んで廊下を歩く。

「このままではおさまらん。榊、ちょっと付き合え！」

土門はマリコを従え、屋上へ向った。



「なんて石頭なんだ、部長は！絶対に奴がホンボシだ。海外に逃亡されたら捕まえるには時間がかかる…」

花壇の縁に腰掛けた土門は、ドン！と握った拳で自分の膝を叩く。

「お前もそう思うだろう？」

黙ったまま隣に座るマリコへ、土門が問いかける。

「榊？」

マリコはその声が聞こえないのか、じっと土門の手を見つめている。

いや、その手を通して、昨夜の記憶を思い返しているのだ。

昨晩、マリコは土門と一夜を共にした。
進展しない事件に対する焦燥か。
少しばかり限度を超えた酒量のせいか。
理由ははっきりしない。

恋か愛かと問われても、マリコはまだ明確な答えを持ち合わせてもいない。
それでもお互いに合意の上だったし。
土門はマリコに対して、とても紳士に振る舞った。

土門の手がマリコに触れる度、その場所が熱を持ち、熱さにマリコは震えた。
指が動く度、体が疼き、マリコは鳴いた。

その手は大きくて節くれだっているけど、思いもかけぬほど優しく繊細に動き、マリコを虜にしたのだ。

そんなことをぼんやり思い返していると、ふいにその手がマリコの顔の前に現れた。

「おい、榊？」

「あ…」

ようやく現実に戻ってきたマリコは、顔を赤らめる。

「どうした？」

「な、何でもないわ」

「………そうか？」

マリコはどうしても、その手から目がそらせない。
どうしてだろう。
いつものように隣に座っていても、何だか落ち着かない。
物足りない。

触れたい。
その手に。

触れてほしい。
その…………。


「よっと！」

「え？キャッ！」

土門はマリコへ腕を伸ばすと、徐にその腰を抱き上げ、向き合う形で自分の膝の上に座らせた。

「ど、土門さん！」

「何だ？」

「誰かに見られたらどうするの！？」

「誰もいないぞ」

「でも…」

「嫌なのか？」

「……………」

「人が苦労して気を逸らしているのに、そんなに見られたら意識しちまうだろうが！」

「え？あの……」

「昨日の今日だぞ？俺だってな…。ったく、論より証拠だ。ほら！」

土門はマリコの腕を取ると、自分の左胸に当てた。

トクトクトクトク……。

早鐘を打つ鼓動。

「わかったか？」

「土門さん」

「何だ？」

「手、触ってもいい？」

我慢できずに、マリコは願いを口にした。

「構わんが…」

土門は笑って、マリコに手を差し出した。

マリコは確かめるように指に触れ、自分の手のひらと合わせてみた。

「やっぱり大きいわね…」

すると、土門が指を曲げた。
ぎゅっとマリコの手を握る。

「お前もやってみろ」

マリコも言われた通りに指を曲げた。

「『恋人繋ぎ』と言うそうだ」

「…え？」

シーツの波間で土門と繋がり合ったとき、無意識に腕を伸ばしたマリコに、土門は今と同じように手を握ってくれた。

手のひら同士で繋ぐよりも、解けない握り方。

側にいる。
離さない。
この先もずっと、ずっと。

そばにいて。
離さなないで。
この先もずっと、ずっと。


恋か愛かと問われたら、今のマリコははっきりと答えるだろう。

『恋しているし、愛している』と。


「土門さんを」

「ん？俺が何だ？」

「何でもない」

「？」

突然土門の視界から青空が消えた。
重ねるだけの口づけは、羽のように軽く。
幻のように微かだ。

それでも。
昨夜味わったマリコの唇に違いないと、土門の体が覚えていた。

「土門さん。私、土門さんのことが好きみたい…」

「やっと気づいたのか？」

「知ってたの？」

目を開き、驚くマリコに土門は。

「とっくの昔にな」

『お前のことならなんでもお見通しだ』と笑いながら、拗ねて尖ったマリコの唇にリップ音を響かせた。



fin.