樹ダイアリー
書き出しは、『新人の実験馬鹿には困ったものだ』だった。
この頃になると、マリコの呼称は“染色体XX”から“新人”へと格上げ(?)されていた。
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尽きぬ好奇心は理解できる。
しかしこう頻繁に徹夜や深夜まで残られては、学生課から目をつけられてしまう。
何より、新人の健康、また犯罪への危険も考えられる。
生徒を導く立場にある以上、彼らの安全は第一だ。
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そして、翌日の日記には。
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前日の考えを告げ、改善を求めるも、新人は聞き分けない。
何という頑固だ!
まったく若い頃の私にそっくりだ!
だから私は一計を案じた。
新人を夕食へと誘い出したのだ。
そしてそのまま帰宅させようという魂胆である。
何が食べたいかと尋ねると、新人は大学近くの洋食屋の名前を挙げた。
歴史のある店だが、お世辞にもキレイな店とはいえない。
せっかくだから、もう少し洒落た店にしたらどうかと聞いても、頑として譲らない。
仕方なく私は新人を連れ、洋食屋を訪れた。
閉店間際だったためか、客は私たちだけだった。
私はロールキャベツを、新人はオムライスをオーダーした。
長く続く店だけあり、味は絶品だった。
食事を済ますと新人は大人しく帰っていった。
これで一安心だ。
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しかし、この一行下には…。
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翌朝、実験室の解錠記録を見る。
解錠者は新人。
しかも、時刻は昨夜の23時30分。
私の目論見は見事に破れた。
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土門は無言でマリコを見ている。
「な、なに?」
「お前、まったく成長していないなぁ…」
わざとらしく嘆息する土門。
「す、少しは成長していると思うけど?」
「そうか?」
場もわきまえず、土門の視線はマリコの胸元に注がれる。
「もう!そっちじゃないわよ」
マリコは可愛らしく口を尖らせた。
「それにしても懐かしいわ。あの洋食屋さん、まだあるのかしら…。この日以来、何度となく教授に夕飯をご馳走になったの。でもそれにはこういう魂胆があったのね」
「ああ。洋食屋のくだりですかな?」
障子戸を開け、祖父江颯が現れた。
手にした盆にはコーヒーカップと菓子鉢が乗っていた。
颯は二人の前にコーヒーを、中央に菓子鉢を置いた。
「さあ、どうぞ。少し休憩なさってください」
「ありがとうございます」
「樹は昔からロールキャベツが好物なんですよ」
「そうなんですか?」
「榊さん。この日のこと、覚えていますか?」
「はい。そう言われれば…確かに祖父江教授はメニューも見ずに、ロールキャベツを頼んでいました」
「実はこの数日後、樹からメールが届きましてね。内容はこの洋食屋とあなたの事でした」
「そうなんですか!何て書かれていたのかしら?」
マリコは何となく想像がつくのか、肩をすくめた。
「榊さん」
颯は急に表情を引き締めた。
「はい?」
「この続きを読みますか?」
「え?」
「お呼び立てしておきながら、こんなことを言うのはおかしいが…。この先は、あなたにとって辛い内容もあるかもしれませんよ」
「……………わかっています」
マリコはしっかりと顔を上げている。
「それでも、私は知りたいです。祖父江教授の身に何が起こっていたのか。そしてあの最後の日以来、教授がどう過ごしていたのか…」
「榊さん…」
「教授は、私には居場所を教えてくれませんでした。色々な方に聞いても、頼んでも、教えてもらえなかった」
俯くマリコの瞳に翳が差す。
「それが樹の望みだったからです。でも、もう時効でしょう。私もこの日記を読んで、あなたには知る権利があると思った。いや、あなたには知って欲しかったのかもしれません。樹の最期を…」
颯はゆっくりと立ち上がる。
「榊さん、実は日記は全部で4冊あります。最後の1冊は別の場所に置いてあります。3冊目を読み終えたら、声をかけてください。4冊目の場所へご案内しましょう」
謎めいた言葉を残し、颯は部屋を出ていった。
「今の話…。『居場所が分からなかった』というのは、どういうことだ?」
土門には今ひとつ事情が飲み込めない。
「日記を読みながら説明するわ」
マリコは3冊目のノートを開いた。