樹ダイアリー
招かれたのは、奥京都の一角に佇む、立派な日本家屋だった。
呼び鈴を鳴らすと、重厚な門扉が開き、お手伝いと思しき女性が現れた。
「榊さまでいらっしゃいますか?」
「はい」
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
女性は土門をちらりと見るが、特に何も言わず、二人を先導する。
案内に従い、二人は長い石畳を歩き、母屋へ向かう。
その左右には、手入れの行き届いた日本庭園が広がっていた。
日本の四季が散りばめられたその風景は、さながら絵葉書のようだ。
カラリと引き戸を開けると、玄関は武家屋敷のような作りになっていた。
靴を脱いで家にあがると、二人は庭に面した板廊下を延々と進む。
やがて、女性は一つの障子戸の前で立ち止まった。
「榊さまをお連れしました」
「お入りください」
中からの応えに、女性が戸を開く。
部屋の中央には、祖父江颯が鎮座していた。
「ようこそ、榊さん。おや?」
「勝手にお邪魔してしまい、申し訳ありません」
土門は礼儀正しく頭を下げた。
「いやいや。もしかしたら…と思っていましたよ。構いません。さあ、お二人ともどうぞ」
マリコと土門は、祖父江の向かいに腰を下ろした。
「立派なお屋敷ですね」
マリコにはよくわからないが、床の間に飾られた掛け軸や、絵皿も、きっと高価なものなのだろう。
「ありがとうございます。しかし樹が亡くなってからは、ほぼ空き家同然です。先ほどの女性が管理してくれていますが」
「そうなんですか…」
「取り壊そうにも、府の重要文化財に指定されているらしく、勝手に手もつけられない有様で、持て余しているんですよ」
颯は苦笑交じりで、そう言い結んだ。
「さて、本題に入りましょうかな。榊さん、これがお電話で伝えた樹の日記です」
マリコの前に差し出されたのは、3冊のノート。
「1冊に1年分。ほぼ毎日書き続けていたようですな。実に几帳面な樹らしい」
手に取ると、マリコはこの古びたノートから、まるで当時の息吹が感じられるような錯覚を受けた。
よく見れば、ノートには所々付箋が貼られている。
「あの、この付箋は?」
「そこにあなたの事が書かれています。あとは、実験の計画や実施状況が主でした」
「読んでみてもいいですか?」
「もちろんです。そのためにお呼びしたんですから。お二人とも、時間のほうは?」
「今日は休みです」
土門が代わって答えた。
「それは良かった。お茶を用意しましょう。ゆっくり目を通してください。樹のあなたへの想いを」
そういうと颯は立ち上がり、一旦部屋を出ていった。