3年目の浮気?



嵐のような二人が去ると、部屋は無人のように静かになった。

「コーヒー、飲むか?」

「ええ…。何だか喉が渇いたわ」

マリコは放心したように、溜息交じりに答えた。

土門はキッチンでコーヒーメーカーをセットすると、落ちていく黒い雫を静かに眺める。

淹れたてのカップを2つ用意すると、1つはテーブルに、1つをマリコの方へ差し出した。

「ありが……………」

受け取ろうと伸ばしたその手を土門は掴んだ。
そしてそのまま、片手でマリコを抱き寄せる。

「すまなかった…」

「もう、いいわ。理由も分かったんだし」

「嘘をつけ」

「え?」

「もっと怒れ。なじれ。本当は許せないと思ったんじゃないのか?」

「……………」

「榊、俺には何でも話せ!」

これまで幾度となく聞いたその言葉は、魔法だ。
マリコが必死に隠そうとしていた本心を、簡単に暴いてしまう。


「………なによ」

マリコは土門の胸に顔を埋めると、くぐもった声で秘めていた思いを吐き出した。

「何で『真由美』なんて、呼び捨てにするの?
 何で『薫さん』なんて呼ばせるの?
 何で腕を組んだりさせるのよ!」

「それから?」

「嫌だから……」

「ん?」

「私のことだけ見てて。私だけ、名前で呼んで。私だけ、私だけよ…『薫さん』て呼んでいいのは……」

土門は押しつぶしそうなほど強く、マリコを抱きしめた。

「そうだ。お前だけだ」

土門は慈しむような瞳で、腕の中のマリコを見下ろす。

「お前だけだよ、マリコ」

「土門、さん…」

「コラ!『土門さん』じゃないだろう?」

土門はマリコを開放すると、視線を合わせた。

「俺の目を見て、俺の名前を呼んでくれ」

「………薫、さ、ん」

コツンと額を合わせると、二人は見つめ合う。
ずっと沈んだまま、無彩色だったマリコの瞳が輝きと彩りを取り戻す。

「美貴の、姉になってやってくれるか?」

「薫さんが望むなら…」

「望むなら?」


テーブルの上に置かれたコーヒーから、芳しい香りが立ち上る。
ブラックコーヒーのはずなのに、部屋に満ちたその香りは。
切なく。
そして、甘く…。 





それから、幾年月流れただろう。

「今となっては笑い話だな」

「懐かしいわねぇ」

あの日と同じように、テーブルには2つのカップが並んで置かれている。

「昔。『想い出はモノクローム』って歌詞の歌があったのを覚えているか?」

「ええ。流行ったわよね」

「若い頃は何も感じなかったが…。今になって思う。そんなことはない、ってな」

「?」

「お前との想い出は、何年経ってもモノクロームになんてなりはしない」

「薫、さん?」

「今だって変わらぬ色使いのまま、思い出すことができる。そうだ…あの頃も、今も変わらない。いつだって、鮮やかで、華やいで……」

土門はマリコの小さな手を、己の手で包み込んだ。
そしてあの時と同じように額を合わせると、その瞳をのぞきこむ。

「お前は俺の、『♪麗しのカラーガール』だよ」

ワンフレーズだけの歌声に、二人は笑い合う。

薫さんと一緒なら。
マリコと二人なら。
どんな日常だって、きっと彩り豊かに過ぎていく。

天然色な幸せに包まれて。

………ふたり。



fin.


6/6ページ
スキ