3年目の浮気?
ともかく玄関先では近所迷惑だからと、3人の女は土門の部屋のリビングにガン首揃えて座っていた。
マリコは見ないようにしようと思っても、ベランダに吊るされた洗濯物に目がいってしまう。
女物の下着にストッキング。
生々しい光景に、気分が悪くなった。
「マリコさん、もうすぐお兄ちゃんが帰ってきますから」
「そう………」
美貴は特大のため息を落とす。
「真由美、覚悟しなさいよ。事と次第によっては絶縁だからね!」
「な、何よ…。私が何したっていうの?」
真由美はぎくりと肩を動かした。
「さあ?お兄ちゃんに聞けば分かるわよね?」
美貴が冷ややかに告げたとき、玄関の開く音がした。
「帰ったぞ」
「お兄ちゃん!どういうことか説明して!」
「薫さん、美貴がね!」
「二人とも落ち着け!」
土門は口々に喋りだす二人を黙らせる。
「榊。まずはお前からだ」
「え?」
「俺に何か聞きたいことがあるんじゃないのか?」
「……………」
マリコはじっと土門を見つめる。
「今は、ないわ」
「榊?」
「私は最後でいいから」
土門は顔を歪ませる。
一番に優先すべき相手なのに……。
「分かった。じゃあ、まずは美貴だな。お前には色々と聞きたいことがある」
「私もあるわ!どうして真由美とお兄ちゃんが同棲してるの?」
「ど、同棲なんてしてないぞ!」
「だって、真由美はここにいるんでしょ?」
「それは!お前がそう言ったからだろう?」
「はぁ?私のせいにするつもり?そんなこと、ひとっことも言ってないけど?」
「なに!?それは本当か?」
ただの兄妹喧嘩から、土門の顔が引き締まる。
「本当よ!え?なに?お兄ちゃん、真由美から何て言われたの?」
「お前の病院へ通院している。今回、特殊な治療を受けるために京都へ来たが、突然パニック障害を起こすかもしれない。だから京都にいる間は俺を頼れ、と」
「私の患者は真由美じゃなくて、彼女の妹よ。それにその妹は東京で母親と暮らしてるわ。第一、真由美は親戚が京都にいるじゃない!」
「どういうことだ?」
「どういうことなの、真由美?」
兄妹から迫られ、真由美は絶体絶命だ。
「だってぇ、学生のころから薫先輩に憧れてたんだもん」
あっけらからんとした物言いに、二人は唖然とする。
「それで嘘をついたの?」
「親戚の家へ顔を出すついでに、恋人ごっこをしてみたかったの。ごめーん」
真由美には、まったく反省した様子は見られない。
美貴は拳を握ると、唇をわなわなと震わせた。
「『ごめーん』じゃないわよ!あなたのせいで、マリコさんが誤解したじゃないの!」
「誤解って…。この人、薫さんの職場の人じゃないの?」
「そうよ。職場の人で、私の元上司で、私の、私の……」
美貴はマリコを見ると、我慢できずに叫んだ。
「お姉さんになるかもしれない人よ!!!」
「おい、美貴!」
「美貴ちゃん!?」
「何よ!違うの、お兄ちゃん!?」
「うっ…」
「土門さん?」
今度は土門が断崖絶壁に立たされる。
だが、ここで飛び降りなきゃ男じゃない。
「違わない。こいつはいずれお前の姉になる女だ」
「土門、さん……」
マリコは声を詰まらせる。
「すまない、榊。俺がちゃんと美貴に確認しなかったばかりに、お前に誤解させてしまった」
「……………」
マリコは俯き、首を振る。
「『真由美』、『薫さん』なんて呼び合ってたのも真由美の提案?」
「ああ。症状緩和のために、落ち着いた雰囲気でいたいから…と」
美貴は、『はぁぁぁ』と本日何度目かの溜息を吐いた。
「お兄ちゃんさぁ…。こんなに明るくて健康そうな真由美を見て、何か変だと思わなかったわけ?」
「……………それについては、面目ない」
「これに懲りて、少しは妹の仕事のことも気にかけてよね」
「………分かった」
「この際だから、マリコさんも聞いておきたいことがあれば、言っちゃってくださいね!」
「あ…。一つだけ」
「何ですか?」
「お前が聞くな!何だ、榊」
「呂太くんがね。二人が、その…。そういうホテルから出てくるのを見たって……」
「お兄ちゃん!?」
美貴の目が釣り上がる。
「誤解に決まってるだろう!橋口が見たのは、多分ホテルの前でコンタクトを探していたときだろう?」
「コンタクト?真由美の?」
「そうだ。歩いているときに外れたと言うんでな、探していた」
「そういえば、真由美…ド近眼だもんね。高校の時も、牛乳瓶眼鏡掛けてたっけ」
「その話は止めてよぉ。今はコンタクトに変えたけど、落とすと全然見えなくて、一人で歩くのも怖いんだから」
真由美は目を瞬かせる。
「そういう理由だったの……」
「濡れ衣は晴れたか?」
「腕を組んだのは、視界の悪い彼女を支えるため?」
「もちろんだ」
土門は大真面目に頷くが、真由美はあらぬ方向を向いている。
「まー、ゆー、みぃー!」
美貴は地を這うような怒りの声で、全ての元凶の名を呼ぶ。
「な、なに?」
「あなたには、今夜一晩お灸をすえる必要があるわね!」
美貴はフッフッフッと無気味に笑う。
「み、美貴?」
「さっさと支度しなさーい!ここから出て行くわよっ!」
「は、はいっ!」
真由美はあたふたとスーツケースに荷物を詰め込み始めた。
「美貴ちゃん…」
「マリコさん。真由美が迷惑をかけてごめんなさい。でもこれで、お兄ちゃんの無実は証明されましたよね?」
「おい、俺は容疑者か?」
「この部屋に来るまでは、そう思っていたわ」
「榊、お前まで…」
「お兄ちゃん。ちゃんとマリコさんに説明して、仲直りしてよね?マリコさんは…いずれは私のお姉さんなんだから、さ」
「美貴ちゃん……」
「そうですよね、マリコさん?」
マリコは曖昧に微笑むだけだ。
「じゃあ、私は真由美とホテルに泊まるから」
「いいのか?」
「当たり前でしょ」
美貴はマリコをちらりと見ると、兄の背中に全力パンチをお見舞いする。
「いてーな!」
「しっかりね、お兄ちゃん!」