3年目の浮気?
「亜美さん、亜美さん!」
「なに、呂太くん?」
「あの人だよ!土門さんの浮気相手!!」
「え?どの人!?」
呂太は窓から下を見下ろし、正面玄関を歩く男女を指差した。
確かに、男性のほうは土門だ。
そして女性のほうには、見覚えがない。
「モデルみたいな人じゃん!」
「うん。間違いないよ。僕が見たのもあの女の人だった」
実は物語冒頭の二人の会話。
その前振りは、というと。
「え?土門さんがホテルから??」
「うん。ボク、スイーツバイキングの帰りに見たんだよね。土門さんが女の人とホテルから歩いて来るの」
「でも、それなら事件関係者の人とラウンジで話していたのかも」
「ううん。それはないよ」
「どうして?」
「第一に、二人は腕を組んでいたから」
「………」
「第二に、二人が歩いて来たのはボクと同じホテルじゃなくて、裏手にある…そういうホテル街だったから」
「……………………」
ここまで確証が上がっていては、亜美もお手上げだ。
それでも、土門のマリコに対する気持ちを見続けてきた亜美としては、信じられない…信じたくない気持ちが強く、「どうしよう…」と初めのような会話へと至ったのだ。
「やっぱり、浮気なのかな?」
ポツンと亜美が呟いた。
「土門さんだって、男の人だもんね。気が迷うことだって…」
「ち、ちょっと、呂太くん!!!」
亜美が慌てて呂太の口を塞ぐが、時既に遅し。
振り返った二人が目にしたのは、部屋の入口で困ったような顔をしたマリコだった。
「マリコさん、あの!これは………」
亜美は慌てて右を向き、左を向き…お団子が揺れる。
「本当なの?呂太くんの目撃情報」
「マリコさん、それはきっと呂太くんの見間違い………」
「うん、本当だよ」
「呂太くん!」
「……………そう。教えてくれてありがとう、呂太くん」
マリコは何か用事があったはずなのに、そのままふらふらと自室へ戻ってしまった。
「呂太くん、どうして…」
亜美は非難の目を呂太に向ける。
「ボク、マリコさんに嘘はつけないよ。それにさ、ボクが伝えたのは事実だけど、それが真実かどうかはわからないよね?マリコさんならちゃんと調べて、真実を突き止めるはずだよ」
「でも、やっぱり浮気だったら?」
「そのあとは、土門さんとマリコさん次第じゃないかなぁ。きっといつかはバレちゃうもん」
「そう…だよね。相手はあのマリコさんだもん。いくら刑事の土門さんだって隠し通せないよね」
亜美は、心配そうにマリコの部屋を見つめる。
「亜美さん。マリコさんなら、きっと大丈夫だよ!」
「呂太くん?」
「マリコさんはいつもムチャばっかりするし、ムリばっかり言うけど。でもそれっていつも誰かのためでしょ?そういうの『すごい』って思う。今度のことだって真相は分からないけど、ちゃんと土門さんとあの女の人のことも考えて、マリコさんなりの答えを出すんじゃないかなぁ。あ、もちろんボクはマリコさんの味方だよ。ボクね。いつかはマリコさんみたいな研究者になりたいんだぁ…」
お菓子を貰ったときと同じくらい瞳をキラキラさせて語る呂太が、亜美には意外だった。
まさか彼が自分と同じ目標を持っていたとは…。
マリコが科捜研の研究員になってから、もう十数年。
数え切れないほどの出会いと別れもあった。
いつしか自分より若い同僚も増えた。
それでも自分のスタンスを崩すことのないマリコの存在を、はじめは苦手と感じた彼らも、時を経て、今は目標に掲げている。
榊マリコという名前は、実に多くの人間の心を揺さぶっているのだ。
そして、その最たる人物が…。
『くそっ!』とハンドルに拳を打ち付けた刑事だろう。
「榊…。絶対に誤解したな」
土門は思わずハンドルに突っ伏す。
「はぁー。美貴のやつ、面倒を掛けやがって!」
恨み言は、一人の車内に虚しく響いた。