Marry me ?
ただし、今日の戦場は一味違っていた。
いつもの殺伐とした職場ではなく、土門の自宅だ。
「あら?土門さん、お帰りなさい」
キッチンからひょいと顔をのぞかせたのは、エプロン姿のマリコだ。
何度見ても、その可憐な姿に土門の
「ああ。ただいま」
「どうだった?」
「ん?」
「警察学校よ。知っている教官仲間はいたの?」
「いや。だが教え子に会った」
「え?」
「お前、食物アレルギー持ちの女生徒を覚えているか?」
「ええ、もちろん…」
当時のマリコは、その生徒に嫉妬し、対抗意識から土門へ弁当を作ったのだ。
忘れられるはずがない。
「彼女は、警察学校の教官になっていた」
「まあ!」
「懐かしくてな。今日は一緒に弁当を食ったんだ」
「そう」
「彼女が作った卵焼きをもらったんだが、旨かったな」
「……………」
なぜそんな話をするのか?
マリコには土門の考えが分からない。
「彼女…小山内にも旨いと伝えた。ただし“2番目に”とな」
「?」
「俺にとっての1番は、ずっと変わらない。形は不格好だし、少し焦げ目もついているが、お前の作る卵焼きだ」
「嘘!
マリコは本気で怒っていた。
自分の料理の腕前はよく分かっている。
どう考えても、その教え子の方が見た目も味も数倍上に違いない。
「嘘じゃない。榊…」
土門はむくれたままのマリコを、腕の中に引き寄せた。
肩先のエプロンのレースをもて遊びながら、土門は話を続ける。
「あの時…。お前の作る弁当を食べられる男は幸せ者だと言った。そして俺はその男になりたいとも言った」
『覚えているだろう?』と土門は、マリコの顔をのぞきこむ。
「そうしたら、お前は『なれる』と答えた。あれから随分時間が経ってしまったが、その気持ちに変わりはないか?」
深くて、包み込むような優しい眼差し。
いつの頃からか、土門はそんな風にマリコを見つめる。
そしてその眼差しがマリコは好きだ。
土門の大きな愛情にくるまれると、どんな不安も一瞬で消えてしまう。
「………ええ」
「そうか…。それなら、俺から一つ提案がある」
「なあに?」
「今とは形を変えてみないか?」
視線はさらに柔らかさを増す。
「え?」
「これまでと違った関係に“なって”みないか?」
「……………」
マリコは無意識に口元を手で覆う。
その左手では、かつて土門が贈った銀のリングが輝きを放っている。
けれど、同じものは土門の左手には…ない。
Engagedだけでなく、互いにEternalを誓う2つのリングを今度こそ……。
「一緒にならないか?榊」
翌朝、先に出勤したらしいマリコは、ダイニングテーブルに小さなトートバッグを置いていった。
それを見つけて、土門は破顔した。
弁当箱の中に、少し焦げ目のついた卵焼きと、ひじきが入っているのは間違いないだろう。
そして、確信した。
昨夜の返事を。
「さて、仲人は誰に頼むかな?」
土門の独り言は、まるで跳ねる音符のようだった。
fin.
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