not bad
一つ事件が解決し、ようやく土門はマリコを屋上へと呼び出した。
『少し話さないか?』と。
今日は天気もよく、澄んだ空気に連なる山々まではっきりと見通すことができた。
そんな景色を並んで眺めたまま、どちらとも会話の糸口を掴みかねていた。
「いい天気だな…」
「ええ……」
「「……………」」
「その…。坤はいつ戻るんだ?」
「明後日よ」
「そうか」
「「……………」」
途切れ途切れの会話。
仕方なく、土門は本当は一番したくない話題を持ち出した。
「坤が戻ると………寂しくなるな?」
「ええ」
素直な返事に、『やはり…』と土門は落胆した。
「お前たち、これからどうするんだ?」
「?」
「言いたくはないが、お前もそれなりの歳だしな。身を固めるなら早いほうがいいんじゃないか?」
「???何の話?」
「何って……。お前と坤の将来の話だ」
「私と坤さんの将来?どういうこと」
ここにきて話が噛み合わないことに、土門も眉をひそめる。
「お前たち、付き合っているんじゃないのか?」
「ええ!?誰からそんなこと聞いたの?」
「いや…。風の便りに、だな」
まさか屋上を覗いていたとも言えず、土門は言葉を濁した。
「もしかして…。土門さん、それでずっと私へ連絡をくれなかったの?」
「まあ、それも…ある」
「なーんだ…」
マリコはほっと息を吐いた。
歓迎会の夜の一件から、マリコは土門を怒らせ、呆れさせてしまったのだろうとずっと気に病んでいたのだ。
「それなら誤解よ。私、坤さんとは付き合っていないわ」
久しぶりにこうして土門に誘われた嬉しさと、どうやら土門の怒りが解けているらしい喜びに、くすくすとマリコは笑う。
安堵に満ちたその笑顔は、いつものマリコだ。
まだ、誰のものでもない笑顔。
坤のものでも。
今は倉橋のものでも。
そして、土門のものでもない。
「土門さんて案外早とちりなのね。私に聞いてくれれば………」
「だったら…」
マリコの言葉を、土門の低い声が遮る。
「だったら!」
土門は腕を伸ばすと、マリコの体を掻き抱いた。
「土門さん!?」
マリコは目を丸くしている。
「………ならないでくれ」
「え?」
「俺以外の………」
土門の声は掠れていた。
「俺以外の、誰のものにもならないでくれ」
「……………」
「頼む、榊………」
「土門さん………」
自分を抱きしめているはずの手が、マリコには必死にしがみついてるように感じられた。
『求められているのだろうか?』
はやる気持ちを抑え、マリコは慎重に言葉を選んだ。
「私は、私のものよ」
「……………」
「それでも、私が欲しいの?」
真理を見抜く瞳。
もう、嘘は…つけない。
「欲しい。お前の心も体も。過去も未来も全て、欲しい」
マリコは呆れたような顔をする。
「土門さんて欲張りなのね」
「悪いか?もちろんタダとは言わん」
「?」
「俺の全てもお前にやる」
「土門さんは大きいから、貰っても持って帰れないわよ」
真面目な顔で、とんちんかんな答えをするマリコに、今度は土門が呆れる。
ところが…。
「だから、私を持って帰ってくれる?土門さんの家に」
「お、ま、え………」
「あ、言っておくけど、返品不可よ!」
「そんな事するか!いいのか?お前がそう言うなら、俺はもう遠慮はしない」
「あげるわ、土門さんに。“榊マリコ”を」
そういうと、瞳を閉じるマリコ。
けれど、その瞼が微かに震えていることに土門は気づいた。
土門はマリコと額を合わせた。
「本当にいいのか?」
「え?」
マリコは目を開けた。
「キスしても?」
土門はマリコの唇を指で辿る。
「待ってるんだけど?」
震えているくせに、どこまでも強気なフリの女。
だったらそれにノッてやろう。
土門の唇が掠め、触れ合い、啄む。
そして。
「好きだ……」
声というより、息遣い。
ブレスの囁きに、マリコの顔がとうとうくしゃりと歪んだ。
「うっ、くっ…」
張り詰めていた糸が切れたように、マリコは嗚咽を漏らした。
「ばかだな。俺の前で強がってどうするんだ?」
土門にはとっくに気づかれていた。
強がっていても、不安な気持ち。
「だ…て………」
土門はあやす様にマリコの背を撫でる。
「どもんさん、と、は……」
「ん?」
「たい、とう…いた、い」
対等でいたい、そう言いたかったのだろう。
「榊、残念だがそれは無理だな」
「…………………」
マリコは悲しげに口をつぐんだ。
どれだけ望んだかしれない。
土門からの告白。
けれど、マリコにはどうしても拭えない不安があった。
土門さんとずっと一緒にいたい。
でも頼るばかりではなく、仕事でもプライベートでもパートナーとして対等でありたい。
しかし、その願いは無理だと土門は言う。
やはり女の自分には、頼ることしか出来ないのだろうか?
マリコは土門の言葉をそう受け取った。
「勘違いするな、榊。逆だ」
「え?」
「どう贔屓目に見ても、俺のほうが……その、お前に惚れてる」
土門は照れくさそうに視線をはずす。
「対等どころか、カカア天下決定みたいなもんだろ?」
「は、ばか!」
土門の思わぬカミングアウトに、マリコは真っ赤になる。
その言葉は事実だろう。
けれど、そこに、土門なりの気遣いが含まれていることも、マリコは感じ取っていた。
「そんなこと言われたら…。もう、もう……ぐすっ……私だって大好きなんだから!」
『ヤケクソか?』と思うほどに、マリコはしゃくりあげ、酷い顔で土門に怒鳴る。
しかし、そんなマリコなど意に介さず。
ハハハと土門は高笑いを響かせた。
この澄んだ青空と、白い雲。
屋上を爽やかに吹き抜ける風は最高だ。
だけど。
ほんの少し、しょっぱい涙の味と。
甘いキスだって、それなりに。
――――― 悪くない。
土門は腕の中の温もりを愛しげに見下ろし、心の中で一人呟く。
――――― それどころか。
――――― 何より、お前の存在こそが。
――――― 俺には…。
“the best!”
fin.
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