not bad
「榊さん、分析終わりましたよ」
「え?もう?」
「次は…あ、これも測定していいやつですか?」
「ええ、お願いします」
「了解です!」
ここ数日、マリコは機嫌がいい。
というのも、坤は非常に優秀で、初日にある程度の説明を受けた後は、すでにベテラン研究員並の働きぶりだからだ。
おかげでマリコの鑑定はサクサク進み、さらに坤から血液に関しての知識も仕入れ、充実した日々を送っている。
「榊さん、これも鑑定結果出ましたよ。見てください」
坤はタブレットをマリコへ見せる。
「どれどれ……」
ひょいと、坤の手元を覗き込んだマリコ。
同時に、“ふわっ”と坤の鼻孔をなんともいえず良い香りが漂う。
それがマリコの髪からもたらされたものだとわかると、坤は無意識にマリコへ顔を近づける。
「これは!」
しかし、緊張感のあるマリコの声に現実へ引き戻された。
「ど、どうしました?」
「坤さん、一緒に来てください」
むんずと坤の手首を握ったマリコは、否応なしに彼を引きずっていく。
「さ、榊さん、どこへ行くんですか?」
マリコはその問には答えず。
「亜美ちゃん、一課へ行ってくるわ」
「ラジャーです」
亜美は、ずるずると引きずられる坤に、ひらひらと手を振った。
「土門さん!土門さん!」
一課の入口に顔を突っ込み、マリコは馴染んだ名前を連呼する。
「人の名前を安売りするな」
その声はマリコの背後から聞こえてきた。
すぐに振り返ったマリコは、目的の人物を確認すると、バン!とタブレットを目の前に突きつけた。
「何だ?」
「見て、これ!例の結果よ」
「DNAか!?」
土門も途端に食いついた。
「ええ」
「で、結果は?」
「思った通り、一致したわ」
「よし!」
土門は満足気に大きく頷く。
「すぐに藤倉部長へ報告だ」
「ええ。残りの鑑定も間もなく結果が出ると思うわ」
「そうか。だったらそれを待って…いや、この結果だけでも逮捕状の請求は可能か?」
「どうかしら。藤倉部長は慎重なところもあるから…」
「そうだな、だったら…………」
「あのぉ…」
ポンポン飛び交う二人の会話から、完全に蚊帳の外に置かれていた坤は、何とか声を挟んだ。
「あ!ごめんなさい。土門さんに紹介しようと思っていたのに」
マリコは坤の腕を押し、土門の前に立たせた。
「土門さん、こちら坤さん。今回の人事交流で科捜研に来られたの」
「ああ。あの大学となんとかってやつか?」
「ええ、そう」
「はじめまして、捜査一課の土門です」
「はじめまして、坤晴信です」
二人は軽く頭を下げる。
「土門さん。坤さんはね、乾くんのいことなのよ!」
「乾?」
土門は懐かしい名前に眦を下げた。
「アイツは、元気ですか?」
「はい。健児から、土門さんのことも聞いています。とても優秀な刑事さんだと」
「それは褒め過ぎですね。乾こそ優秀でしたよ。なんたってこの榊にこき使われても、ちゃんと結果を出していましたからね」
土門はハハハと笑う。
「ちょっと!坤さんに変なこと言わないで!」
マリコはむくれる。
「事実だろ?それにしても、乾同様、あなたも優れた科学者なんですね」
「え?どうしてそう思うんですか?」
土門と坤は今、出会ったばかりなのだ。
坤の疑問はもっともだろう。
「榊の機嫌がいい」
「は?」
「こいつの機嫌がいいということは、鑑定がスムーズに進んでいるということだ。それはあなたのサポートがいいからでしょう?」
「大当たり!」
マリコは嬉しそうに微笑む。
「お前は分かりやすいからな」
対して土門は苦笑する。
そんな様子に坤は「おや?」と思った。
この二人は、もしかして……?
坤はこっそり心臓に手を当てた。
なぜか急に胸が苦しくなったのだ。