not bad




「乾くんのいとこ?」

マリコは少し目を開いて、前に立つ男性を見た。

「そう。坤晴信こん はるのぶくん。母方のいとこだっけ?」

長身ゆえ、所長も見上げるように話しかける。

「はい。健児から科捜研の皆さんのお話は聞いています」

「そうですか。乾くん、元気にしていますか?」

「はい。今は父親の看病をしながら、研究施設で働いていますよ」

「え?」

マリコは想定外な答えに戸惑う。
別れ際の感じでは、いずれは医師を継ぐつもりなのだと思っていたからだ。

「しばらくは父親の世話に集中したいと言ってました」

「そうなんだ………」

『しばらく』それが何を意味するのか…。
マリコは乾から父親の病状を聞いていたため、すぐに理解した。

「お父さんといい思い出が作れるといいんだけどな」

マリコの視線はかつて乾が居た部屋の辺りを彷徨う。
懐かしい姿を瞼に浮かべ、マリコは淋しげに微笑んだ。



6月1日の衣替えと並んで、科捜研では新たな試みが始まった。
それは大学研究所との連携体制強化だ。
これまでも捜査の過程で、その道のエキスパートである大学教授を頼る機会は何度もあった。
しかしその度にいくつかの手続きを踏む必要があり、即時性が求められる科捜研の現場では、手続きの簡略化を訴えていた。

今回、晴れてその希望が通り、大学研究所との人事交流が始まったのだ。
そこで白羽の矢が立ったのが、坤晴信。
専門はマリコと同じく法医。
特に、彼は血液に特化した研究者だった。
初の人事交流ということで、互いに緊張感はあったものの。
乾という思わぬ繋がりがあったことで、本人も科捜研のメンバーもすぐに打ち解けることができた。

「坤くんには、マリコくんのサポートに入ってもらおうと思う。マリコくん、いいかな?」

「分かりました」

「それじゃあ、今日から3週間。みんなよろしく頼むよ」

頷く者、敬礼する者、口をモグモグ動かす(?)者。
とにかく、こうして科捜研の3週間が幕を開けた。



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