恋路





一方、智美と別れ、こちらの二人はのんびりと歩みを続けていた。

「ねえ、土門さん」

「ん?」

「宇佐見さんと風丘先生、どうなったかしら?」

「どう、とは?」

「もう!鈍いわね。あの二人、いい雰囲気だと思わない?」

まさか超絶にぶちんのマリコから言われるとは思わず、土門は軽い衝撃を受けた。

「お前、あの二人のこと…気づいていたのか!?」

「そりゃぁ。もう何年も一緒に仕事をしてきたんだもの。何となくだけど、分かるわよ」

「……………」

信じられない。
土門は目を見開いた。
その何年も一緒に仕事をしていた相手の気持ちに、つい最近まで全く気づきもしなかったくせに。

「どうかした?」

しかし、きょとんとした顔で聞き返されては、何も言えない。
今となってはマリコがそんな無防備な顔を見せるのは、恐らく自分だけだ。
だから、過去のことは水に流そう。
だが、最近のことはそう単純にはいかない。

「それなら、屋上で宇佐見さんにデートに誘われたとき、なんで断らなかったんだ?」

「それより前に一度、誘いを断っていたのよ。だから記憶を無くした宇佐見さんを、これ以上傷つけないように言葉を選ぶ必要があったし。それにあの時は、土門さんが………」

「俺が?なんだ?」

「……………土門さんが、断ってくれるかな、って」

行灯の仄かな明かりでさえ、はっきりと分かるマリコの赤い顔。

「『俺の女です』って言ってくれたことも、その。あの、なんていうか…………」

いつまでもゴニョゴニョとひとりごちるマリコを見て、土門は笑う。
そして、その手を取った。
指と指を絡めて、しっかりと握りしめる。

「お前は、俺の、俺だけの女だ。相手が誰であろうと関係ない。お前は誰にも渡さない」

返事の代わりに、マリコはぎゅっと土門の手を強く握り返した。
そして、キョロキョロとあたりを見回して。

「ねぇ……」

吸い込まれそうな瞳と、珍しく欲に濡れた声がねだるもの。

行灯の灯りが見守る中、長く伸びる影の先端は一つに重なる。
そしてそのまま、影は暫く離れることはなかった。




ようやく別ルートを進んでいた宇佐見と早月の姿が見えた時、土門は二人が纏う雰囲気の変化に気づいた。

「どうやら、宇佐見さんも“最高の女”を手に入れたようだな…」

「なあに、土門さん?」

小さな呟きが聞き取れず、マリコはたずねかえした。

「いや。何でもない。それより、帰りにみんなで多幸金に寄らないか?お祝いに」

「いいけど…。何のお祝い?」

やはり、マリコはマリコだ。

「何でもいいだろ。ほら、先生に聞いてこいよ」

「う、うん」

マリコは早月に駆け寄り、話しかける。

『賛成!』という明るい返事と、彼女の隣で頷く宇佐見の様子が見えた。


行灯の道はあと少しで終わる。
けれど二組の歩みは止まらない。
この先もずっと路は続いていく。

大切な人と“二人”。
途切れることなく、この生を全うするその時まで。
果てなく続くその路を、人は『恋路』と呼ぶのだろうか。




fin.



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