恋路





明後日。
宇佐見が指定された場所へ着くと、すでに早月は待っていた。

「宇佐見さん、こんばんは」

「こんばんは。お誘いありがとうございます」

「ううん。ちょっと待ってね。多分もうすぐ……あ、来たきた!」

早月が手を振ると、少し先から応えるように手が上がった。

それを確認した宇佐見は驚いた。
ほかに連れがいるとは聞いていなかったからだ。
それも、一人はさっきまで一緒に仕事をしていた女性。
そしてもう一人は、今はあまり顔を合わせたくない刑事だった。

「先生、お待たせしました!」

「マリコさん、土門さん、来てくれてありがとう」

「いいえ。誘ってもらって嬉しかったです。久しぶりですもの」

和やかな女子二人とは対象的に、男二人は会釈した後は口を閉じたままだ。

これには理由がある。
つい先ごろ、宇佐見は階段から転落し『解離性健忘』、つまり記憶を失った。
その間の出来事が原因で、宇佐見は何とはなしに彼を避けていたのだ。

そんな様子が気になり、早月はズバリと指摘した。

「二人とも、どうしてギクシャクしているの?」

男二人は苦笑する。
しかし。

「え?そうなんですか??」

中心人物はあくまでこの調子だ。

「さすが、マリコさんね………」

「?」

「何でもないわ。さあ、散策に行きましょう!」

こういうとき、いつもなら早月はマリコと並んで歩く。
時には強引に腕を組んで、マリコを困らせたりしながら。
でも今日は違った。

「宇佐見さん、どのコースを周る?」

その一言で、早月と宇佐見、マリコと土門というカップルが出来上がった。

行燈をゆっくり楽しめるようにと、混み具合の少なそうなコースを選んだ宇佐見に早月が続く。
少し遅れて残りの二人も歩き始めた。

小道を挟んで並ぶ行燈は、ぼんやりとした薄明かりを発している。
ひとつ、またひとつと、ゆらめく光の道筋が果てなく続くその光景は、見る人を幽幻の世界へと誘うようだ。

はじめはこの優しい光を綺麗だと讃えていた四人も、いつしか言葉が途絶えた。
この厳かな空気の中では、音を発することすら躊躇われる。

しかし、そんな沈黙を破ったのは背後からの女の声。

「あの……榊さん?」

振り返ったマリコが目にしたのは、島谷行燈の店主、智美だった。
かつてこの近くで発生した殺人事件の関係者だ。
彼女の亡き夫に端を発した悲しい事件を、マリコは忘れてはいない。

「智美さん!」

「ああ、やっぱり榊さん。ご無沙汰しています」

「本当に。お元気でしたか?」

「ええ。その節はお世話になりました」

智美は、深く頭を下げる。

「いいえ。今年も参加されたんですね…」

「はい。島谷行燈の灯火を絶やすことはできませんから」

小柄で優しい雰囲気の女性だが、芯は和蝋燭の焔のように凛として揺るがない。

「うちの行燈、ゆっくり見ていって下さいね」

「ええ、もちろん。ね、土門さん」

「ああ。あなたの店の行燈の灯は、とても温かい」

智美は嬉しそうに微笑んだ。

そして三人はその場に立ち止まると、当時に思いを馳せたり、その後の出来事について話し始めてしまった。

しばらくマリコたちが追いつくのを待っていた宇佐見と早月だったが、二人の足が止まったままなことを見て取ると、先へ進むことにした。



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