中国茶寮oneでの出来事(番外編)
「お帰りなさい」
静まり返った店内にカツンとヒールの音が響く。
いつも通り、スーツ姿の園田が二人を出迎えた。
本日、茶寮oneはオーナーの意向で休業日となっていた。
突然の決定に誰もが不思議に思ったが、王は誰にも理由を明かしていない。
秘書である園田にもだ。
「ただいま。何か変わったことは?」
「いえ。営業日の問い合わせが数件あったくらいです」
「そうか。じゃあ、私の部屋へコーヒーを三つ頼む」
「かしこまりました」
園田はこの後土門が合流するのだろうと、特に気にもせずコーヒーを準備した。
そして王の部屋へ入ると、ソファに座る二人の前に、湯気の昇るソーサーを差し出す。
三つ目を置くと、園田は立ち上がった。
「園田さん」
それを呼び止めたのはマリコ。
「はい?」
「こちらに座ってください」
そういってマリコが示すのは、自分の隣。
もう一つソーサーが置かれた席だ。
「あの…?」
園田はちらりと王を伺う。
「マリコさんの隣に座ってくれ」
ボスにそう言われては、拒否する理由はない。
園田は「失礼します」、とマリコの隣に腰をおろした。
「園田さん。今回は色々と調べていただいて、ありがとうございました。大変でしたよね?」
「いいえ。それが私の仕事ですから」
「そうですか?でも、随分と心配していた人がいたようですよ」
「は?」
「王さん!」
マリコに促され、王は園田の前にラッピングされた細い箱を静かに置いた。
「ボス?」
「今回は大分骨を折ってもらった。マリコさんの言うように、本当は危険なこともあったんじゃないのか?」
「……………」
「君はそういうことは、ボスの私にも言わないからな」
「……………」
「何かあったらどうする気だったんだ?」
「……………」
「黙っていては分からない」
段々と責める口調の王に、園田は俯いてしまう。
傍観しようと決めていたマリコだったが、さすがに口を開いた。
「私も。私も土門さんによく言われます。俺には何でも話せって。それもぶっきらぼうに!」
マリコは土門の表情を思い出し、くすっと笑う。
「でもそれは私のことを心配してくれているから。園田さん、王さんも同じじゃないかしら?」
マリコは改めて二人を見る。
「黙っていたら、何も伝わらない。意地を張っても、誰の得にも、何の役にも立たないわ」
常に真実を見抜く瞳が投げかける視線は、今日は柔らかく、優しさに満ちている。
そして、「違いますか?」と問いかけていた。
王は苦笑する。
恋愛下手だと思っていたマリコに説教されてしまうとは…。
そして、常に冷静に行動できていたはずの自分が、こんなにも乱されるとは。
王は俯いたままの園田を見た。
彼女の下の名前は、
「静佳、これを受け取ってくれないか?」
王はもう一度、箱を静佳の方へ押しやる。
「これまでの感謝と、そして私の気持ちだ」
「ボス、それは………」
「とにかく、開けてみてくれ」
静佳は包み紙を開くと、震える手で箱を開いた。
そこには、昼間マリコが試着したダイヤとパールのネックレスが収められていた。
「少し早いが、来月は誕生日だろう?パールは6月の誕生石だと聞いた」
もちろん静佳にも、誕生石のジュエリーがどんな意味を持つのか分かっている。
「ボス………」
「受け取ってくれないか?」
「私は……………あなたの秘書で」
「そうだな」
「お役に立つのは仕事のためで……………」
「そうだな」
「だから、私は……………」
「静佳」
王は向かいの静佳の手を取った。
「だったら、これからは人生のパートナーとして私を支えてくれ」
王は一瞬マリコに顔を向ける。
そして静佳に向き直ると、大切な言葉を伝えた。
「君を、愛しているんだ」
マリコはその後の二人を見届けることなく、そっと部屋を辞した。