中国茶寮oneでの出来事(番外編)





その夜王の店に合流した四人は、それぞれの情報を共有し合った。

まず、土門は。

「被害者は眞嶋平良たいら。警察庁警備部所属。それ以上は不明だ。公安が情報提供を拒んでいる」

「彼の情報は国益にでも関わるんですか?」

あまりの情報の少なさに、王は呆れた様子だ。

「さあな。公安の考えることは分からん。次、榊は?」

「眞嶋さんの死因は溺死。首の後ろと両手、背中に圧迫痕がくっきり残っていたわ。少なくとも二人以上に押さえつけられているわね」

「日向寺博士の事件との繋がりはどうだ?」

「見つけたわよ」

マリコの瞳がキラリと光る。

「解剖中に、遺体の手首に円形の鬱血があるのに気づいたの」

これくらいよ、とマリコはOKの仕草をする。

「初めは何かわからなかったけど、風丘先生のアドバイスで調べてみたの。そうしたら…。眞嶋さんは男性だけど、腕時計の文字盤を内側につける習慣があったみたい。鬱血と文字盤の大きさがぴったり一致したわ。だから腕時計を調べてみたら、バンドの部分に日向寺博士の汗の成分が付着していた。おそらく、揉み合った際にでも博士が触ったんでしょうね。盤面なら気づいて消されていたでしょうけれど、眞嶋さんの癖が幸いしたわ」

「くそっ!やっぱり眞嶋が犯人か。せっかく繋がったっていうのに、被疑者死亡。公安の思うツボだ」

土門は苦い顔だ。

「警察庁と日向寺博士の関係は何か分かりましたか?」

マリコの問いかけに「はい」と園田は頷く。

「日向寺博士は以前、大手の製薬会社に勤めていました。そこでいくつかの新薬の治験に携わっていたようです。どうも、その治験で入手した血液から無断でDNAを抽出していた疑いがあるんです」

「もしかして、そのDNAをデータベースに?」

「確かめる術はありませんが、そのようです。そしてそれは警察庁からの要請であり、他にも数社が協力していたと。製薬会社の間では暗黙の了解だったようですね。ところが最近になって、日向寺博士がこれを公表すると言い出した……」

「今ごろ?どうして?」

「日向寺博士はニューヨークと北京の事件を知り、身の危険を感じたのでしょう。北京在住の友人に、近々カミングアウトをすると話していたようです」

「世界規模のDNAデータベース作成は、まだ構想の段階で決定ではない。だから賛成派は秘密裏にコトを進めている状態です。そんな時に、自分から過去のデータベースへの不正関与を公にされ、万一この世界的プロジェクトの賛否に言及でもされたら、賛成派には大きな打撃となるでしょう」

王が園田の話を補足する。

「なるほど。確かにそんな違法な手段でDNAを集めていた事実を明るみにされては、日本の警察と政府にとっても大打撃だ。信頼は地の底まで落ちるな。どうりで公安が躍起になるわけだ」

「でもだからって殺害するなんて……」

「ああ。そしてここへきて、事件は急転直下だ。どうやら、眞嶋の事件も捜査終了になりそうだぞ」

「どういう意味?」

「実はさっきな、眞嶋をリンチしたという半グレ数人が所轄に出頭してきたそうだ」 

「そんなの!」

「分かっている。だがやつらが有罪だというでっち上げの証拠はあっても、無実だと証明する術はない」

万事休すだ、と土門は怒りも露わに言い捨てた。

そこからしばらく、四人の間に沈黙の幕が降りる。
各々が、どうにか捜査続行の可能性について考えるが、今回ばかりは土門の言う通りのようだ。

――――― 万事休す。

「仕方がない。日向寺博士の事件の真相が判明しただけでもよしとするしかないな…」

「悔しいわね……」

この煮え湯はいつか必ず、正しく明らかにしてみせると二人は心に刻んだ。


しかし、王の考えは少し違った。

「ニューヨークと北京の事件は、私個人でもう少し調査を進めてみます。何か分かればお知らせしますよ」

「いいんですか?」

「もちろんです。世界的DNAデータベースプロジェクト…どうやら私のビジネスにも影響がありそうなので」

「まさか、俺たちには言えないようなビジネスじゃないだろうな?」

「そこは黙秘します」

王は人差し指を口に当てる。

「ふん!まあ、いい。今回は世話になったしな」

「おや!珍しい」

土門の謝辞に、王はおどけてみせる。
しかし、土門は真面目に答えた。

「榊の護衛をしてくれただろう。感謝している」

すると王は、「いいえ」と土門に笑い返した。
その表情はこれまでになく自然で、土門は王の素顔を垣間見たような気がした。



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