中国茶寮oneでの出来事(番外編)
現場に到着した二人に、さっそく駆け寄る男女。
「お疲れさまです!身元不明の遺体で………」
シューズカバーを渡しながら、状況を説明するのは蒲原だ。
「お疲れさまです。マリコさん、白衣です」
「ありがとう」
マリコの手荷物を用意してくれたのは亜美。
マリコは白衣を受け取ると、バサリと裾を風にはためかせながら羽織る。
襟をしゅっとなぞると、自然と背が伸びる。
マリコは亜美を従え、さっそうと土門の後を追った。
「榊!」
土門の呼び声に、マリコは小走りで遺体に近づく。
「こいつ。見てみろ」
「この人!?」
「二人とも知ってるんですか?」
「蒲原、藤倉部長に連絡だ。この遺体、公安の人間だ」
「公安!?」
「そうだ。見覚えがある。すぐに指示を仰げ」
「分かりました!」
蒲原はスマホ片手に駆け出していく。
その間にマリコは検視を始めた。
「“直接の”死因は多分溺死ね」
直接の、とマリコは語調を強めた。
それには理由がある。
とにかく奇妙な遺体だった。
スーツを着た体は綺麗なままなのに、首から上はぐっしょりと濡れているのだ。
「水責めか?」
「恐らくそうね。浴槽か、バケツか……頭を押し込んだんでしょう」
「酷いことしやがる」
「私が襲われたことと、関係があると思う?」
「ああ。あの件で公安が動いていることが俺たちにバレた。しかも、王と俺たちが繋がっていることも、やつらは掴んでいるだろう」
「そうね。王さんのお店からの帰りに襲われたんだもの」
「俺たちだけならともかく、王が動き出したことで、焦りだしたやつらは……」
「まさか…。土門さんは公安の犯行だと思ってるの?」
「多分な。トカゲの尻尾にされたんだろう、こいつは」
「……………」
マリコは黙ったまま、遺体に手を合わせた。
自分を傷つけようとした男だが、それでも不遇な最期を遂げたのだ。
せめてもと、冥福を祈った。
一方、土門は立ち尽くしたまま思考を巡らせていた。
マリコが襲われたことで、日向寺博士の事件に眞嶋が関係していることは確実だろうと、土門はふんでいる。
しかし、それが眞嶋個人の判断なのか、公安の意向なのかまでは分からなかった。
しかし、眞嶋が殺されたことで状況がかなり読めてきた。
日向寺博士の殺害は公安の判断だろう。
博士は何か公安にとって不都合な事実を知っていたか、行動を起こそうとしていたのかもしれない。
それを公安は、眞嶋を切り捨ててでも死守したいと考えたのではないか?
一体、日向寺博士の殺害動機は何なのか。
例の世界的DNAデータベース関連か?
しかし、それなら公安よりももっと上、政府の方が動くような気がする……。
『考えろ』そう言われた気がして、土門は目を閉じる。
王と園田は何を調べている?
日向寺博士の過去。
そして国内のDNAデータベース開発と博士の関わりについて。
その辺りに動機か潜んでいるのだとしたら……。
ふと視線を感じ、土門は目を開けた。
そこでマリコの視線とぶつかる。
「日向寺博士を殺害した犯人………こいつだと思うか?」
「断言はできないわ。でも私もそう思う。この遺体を調べれば何かしら日向寺博士の事件に繋がる物証が見つかるかもしれない」
「これは俺の想像だが。日向寺博士の殺害の動機は恐らく……」
「今、私たちが利用しているDNAデータベース絡み?」
ふっと土門は不敵に笑う。
これ以上説明の必要はなさそうだ。
「私は洛北医大で風丘先生の解剖に立ち合ってくるわ。捜査会議には…間に合わないかもしれない」
「分かった。結果は後で知らせてくれ。夜に王の店で落ち合おう…と、一人で大丈夫か?」
「ええ。だってね……」
マリコはポケットからスマホを取り出し、土門に見せた。
「さっき届いたのよ」
『マリコさん、あとでお迎えに行きますね💖』
「あいつ…。ストーカーだな。どこに手下を潜ませてやがる。しかし今回は王に頼れ。万一ということもある」
「分かったわ。土門さんも気をつけて。それじゃあ、後でね」
「おう」
こうして、マリコはSRIの車で洛北医大に向かい、土門は周辺の聞き込みを開始した。