中国茶寮oneでの出来事(番外編)





土門は駐車場に車を停めるが、なかなか降りてはこない。

「よりによって、何で“ここ”なんだ!?」

「だって、ここならきっと警察より詳しい情報が手に入りそうな気がしない?」

「それは…………」

土門の眉間に深い縦皺が寄る。

「そうだろうが………」

「ね!さあ、行きましょう。約束の時間に遅れちゃうわ」

マリコに急かされ、二人は重厚な扉を開ける。


「歓迎光臨!(ようこそ、いらっしゃいませ!)」

妖艶なチャイナドレスに身を包んだ女性が二人を出迎えた。

ここは京都有数の一等地に建つ中国茶寮『one』。
本場の中華料理と中国酒を、美しい女性を侍らしながら楽しむのがコンセプトだ。
店名の『one』はオーナーの名前からだろう。
ワンと名乗る彼は、中国籍であること以外、全くの謎だ。
実は政財界や裏社会の有力者であるという噂もあるが、真偽のほどは分からない。
そんな男ではあるが、土門とマリコはこれまでに何度か接点があり、特に王はマリコをいたく気に入っている。
ということは、当然土門にとっては…面白くない相手である。


「こんにちは。王さんに会いに来ました」

「オーナーに?」

戸惑う女性店員の背後から、もう一人女性が近づいてきた。
こちらは黒のスーツを纏っている。

「お二人とも、お久しぶりです」

彼女は王の秘書で、園田そのだと名乗った。
以前に一度顔を合わせてはいるが、名前を聞いたのは今日が初めてだった。

「園田さん。日本の方だったんですね。お久しぶりです」

マリコは正直驚いた。
王の秘書なら中国人なのだろうと、これまで二人は勝手に思い込んでいた。

「少し違います。中国人とのクウォーターです。ですが私は生まれも育ちも日本です」

確かに純日本人にしては、オリエンタルでエキゾチックな容姿だ。

――――― しかも美人だ…。
土門は、王が彼女を秘書に選んだのには、その要素もあるに違いないと踏んだ。

「先ほど王さんにアポイントを取ったのですが」

「はい。承知しております。王は自室でお会いするそうですので、こちらへどうぞ」

園田に案内され、二人は王の自室に足を踏み入れた。
これまでとは少し内装が変わったようだ。
しかし、デスクやソファなどシンプルな家具は、ひと目見て質の良い高価な品だと分かる。

「おふたりサン、いらっしゃ〜い」

椅子から立ち上がり、二人を出迎えたのは、長身で銀縁眼鏡をかけた男。
本来の目つきは鋭いのだろうが、今は目尻が下がり、柔和な…もとい、ウキウキとした色を浮かべている。

「王さん、こんにちは」

王のふざけた挨拶にも、マリコは律儀に応える。

「おまえ…。もしかして、下の名前はサンシか?」

土門の指摘に王はニヤリと笑う。

「え?そうなんですか?」

「「……………」」

又しても律儀なマリコ。
男二人は沈黙し、苦笑した。

「ワタシの名前はトップ、シークレット、ネ!」

王はカタコトの日本語とともに、マリコへウィンクを送る。 

「デモ、マリコさんが知りたいなら……」

「いえ。秘密なら結構です。そんなことより」

「ぶっ!」

吹き出したのは誰か…、その解説は割愛させてもらおう。

「ドーラーえーもーん!」

「誰のことだ?」

笑われたお返しとばかりに、王はついに禁断の名前を口にした。
土門のこめかみがピクリと痙攣しだしたことは言うまでもないだろう。




「王さん!」

しびれを切らしたマリコが、王を呼ぶ。
早々に本題に入りたいのだ。

「コホン。すまん、話が逸れたな。そろそろ始めていいか?」

「どうぞ」

二人の顔がいつになく真剣なことを見て取ると、王も態度と口調を改めた。
来客に椅子を進め、自分はデスクに戻る。

「今日はお願いがあって来ました」

「何でしょう?私にできることなら何なりと」

「王さんにしかできない事だと思います」

「………まずはお聞きしましょうか?」


そこからは土門が引き継ぎ、事件の概要を説明した。

「京都の事件のことも、他の2件についても知っていますが、私にどうしろと?」

「王さんは、少し前に起きた科学者の事件、ご存知ですか?」

「もちろん!あのときはマリコサンのコト、心から心配していましたヨ!」

突然妙なイントネーションとともに、さっと王はマリコの手を握る。

「触るな!」

土門が力任せにその手を剥がす。

「イテテ……」

「ふんっ!」

「それで?今回の事件も模倣犯か関係者の仕業ではないかと?」

腕を擦りながら、王は口調を戻す。

「はい…」

「ふむ。ではお二人はニューヨークと北京の事件の詳細が知りたいわけですね?」

「察しがいいな」

「ニューヨークの事件の詳細も分かりますか?」

「北京よりは時間がかかるかもしれませんが…まぁ、大丈夫でしょう。マリコさん」

「はい」

「これはビジネスです。あなたは情報を手にする。私への報酬は何です?」

「それは…」

「まさか、また榊を店で働かせるつもりか!?」

「それもいいですね。ですが今回は、マリコさん。一日、私とデートしてくれませんか?」

「なっ!駄目に決まってるだろう!!」

「では、この話はなかったことに」

「むむむ…」

「いいわよ?」

狼狽える土門とは対照的に、マリコはさらりと答える。

「さ、榊!?」

「では、契約成立だ」

「ち、ちょっと待て!」

「大丈夫よ、土門さん。王さんはとても紳士だもの」

『そうでしょう?』と魅惑的な瞳から照射されるビーム。
初めて狙われた王は耐え切れず、思わず目をそらしてしまった。

――――― 勝負あったな…。

やはりマリコビームは無敵である。



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