探しものは何ですか?
金曜の午後3時半を過ぎた頃、マリコはそっとラボから出ていった。
それを見送ってしばらく待ったのち、宇佐見も科捜研を後にした…。
屋上で柔らかい日差しと、緩やかな風に並んで身を任せていた二人だが。
突然、その間を突風が吹き抜けた。
「きゃっ!」
マリコは慌てて髪を抑える。
「マリコさん」
「?」
一瞬空耳かと思ったマリコだったが、振り返った。
するとそこには宇佐見が立っていた。
「宇佐見さん!?どうしたんですか?」
マリコは驚いて、目を丸くしている。
「すみません。お聞きしたいことがあるんです」
「鑑定のことで何か?あ、それとも記憶が…!?」
「いえ。そのどちらでもありません。マリコさん、今夜ご予定はありますか?」
「え?」
「無ければ、私と食事をご一緒しませんか?」
「…宇佐見、……さん?」
「先日はマリコさんのオススメの店を紹介してもらいましたからね。今夜は私がエスコートしますよ」
「……………」
マリコは戸惑い、思わず土門の顔を見た。
「宇佐見さん」
土門はマリコの背後にピタリと立つ。
「何だか変な感じだが…。初めまして。自分は捜査一課の土門です」
「初めまして、宇佐見です。ご挨拶が遅れてすみません」
「いえ。この度は大変な目に遭いましたね。体の方はもう?」
「はい、お陰様で。後は記憶だけです…それが一番厄介ですね」
土門は深く同情し、頷いた。
「ところで、今の榊への誘いはデートですか?」
「そう取ってもらって結構です」
「ふむ。つまりあなたは、榊に好意を持っているというんですね?」
キラリ、土門の眼光が獲物を前に鋭く光る。
「そうでなければ、デートに誘ったりはしません」
「なるほど…」
土門は考え込む。
くいっ、と袖を引かれて横を向けば、マリコが心配そうに土門の袖を掴んでいた。
土門は眼光の鋭さを潜めると、安心させるようにポンとその手に触れる。
そして。
「宇佐見さん。今のあなたは記憶が無いことで、不安なことも多いでしょう。榊に頼らざるを得ないこともよく分かります。だから、記憶が戻るまでは…と自分もある程度のことは認めていた。ですが……」
土門はマリコを自分の方へ引き寄せた。
「榊は俺の女です。こいつに好意を寄せる男とのプライベートな食事には行かせられない」
言った土門も、言われた宇佐見も顔色一つ変えない。
恐らく水面下ではぶつかり合う嫉妬を、二人はおくびにも出さない。
そこには男としてのプライドがあるのだろう。
「ど、土門さん…」
マリコは困った顔で、二人の男を見比べる。
しかし、土門の腕から逃げることはしなかった。
つまり、それが答え。
マリコ自身が、自分を土門のものだと認めているのだ。
「それに、宇佐見さん。あなたには……」
言いかけて、土門は止めた。
それ以上は他人が口を出すことではない。
あくまで、自分のテリトリーはマリコに関することまでなのだ。
対して、宇佐見は土門の態度に何故か後ろめたさを覚えた。
土門の堂々とした物言いと姿は同性から見ても貫禄があり、大きく見えた。
宇佐見は詰めていた息を吐く。
「すみません。土門さんの言う通りですね。マリコさんの優しさに、私は仕事とプライベートを混同していたのかもしれません。こんな横恋慕するような男より、土門さん、あなたの様に男らしい人のほうがマリコさんにはお似合いです」
「いや、そんなことはありません。あなたも記憶が戻れば分かります。自分がどれほど無謀な相手に手を出そうとしていたのか」
「ちょっと、土門さん!?それって…」
「おっと、打ち合わせの時間だ!」
「逃げるの?」
マリコは腕組みして、頬を膨らませる。
「バカ言え。し、ご、と、だ。それより、榊」
「なあに?」
「今夜の約束、忘れるなよ?」
「……………ええ」
『何か約束していたかしら?』と思いつつも、マリコは頷いておいた。
それは土門の保険だ。
宣言はしたものの、やはり宇佐見を警戒する気持ちを完全に払拭することはできない。
土門も、一人の恋する男なのだ。
去り際、土門は宇佐見に一礼した。
宇佐見ならば、きっとこの牽制に気づくだろう。
そして振り返ることなく、土門は屋上を出ていった。
パタン、と扉がしまると同時に、マリコのスマホが鳴った。
内容を確認すると、マリコは顔を綻ばせる。
先ほどまでのやり取りも何のその。
ややバツの悪い顔した宇佐見の背中を、マリコは押した。
「宇佐見さん、科捜研へ戻りましょう!帰ってきましたよ!」
「帰って?あ、あの、誰がですか?」
「いいから、早く!」
マリコに急かされ、二人は早足で歩き出した。