探しものは何ですか?
翌日。
「呂太くん、ちょっといいかな?」
「なにー?」
宇佐見が取り調べ相手に選んだのは、呂太だった。
彼ならうっかり口を滑らせそうだと睨んだのだ。
記憶はなくとも、宇佐見の本能は的確に働いているらしい。
「昨日はありがとう」
「ううん。美味しいものも食べられたし、僕は満足だよ〜」
「そうかい?よかった。ところで、マリコさんのことなんだけど」
「うん?」
「捜査一課の土門刑事とはどういう関係なのかな?」
「え?……………っとぉ」
呂太の目が激しく泳ぐ。
「お付き合い、しているとか?」
「うーん……」
案外素直に頷くかと思えば、呂太は意外にも首を傾げ唸るばかりだ。
「そうじゃないかなー?とは思うんだけど、はっきりしたことは誰も知らないと思うよ」
「そうなのかい?」
「うん。だって二人とも仕事上の付き合いが長いのは当たり前だけど…。土門さんの妹も以前は科捜研で働いていたらしいし、それにこれは宇佐見さんの方が詳しいだろうけど、マリコさんのお父さんはここの所長だったんでしょう?家族ぐるみの付き合いもあるから、土門さんとマリコさんの関係が本当はどういうものか、誰もちゃんと聞いたことはないんだよ。もちろん二人も教えてくれないし」
「……………」
宇佐見は考え込んだ。
絆の強い同士ではあっても、恋人ではないのだろうか?
宇佐見は男女間での友情は成立すると思っている。
歳も経れば、恋愛感情だけでは生きていけない。
あの二人も、ひょっとしたらそうかもしれない。
もし、そうなら……。
宇佐見は一つ、試してみることにした。
普段の自分ならこんな無謀なことはしないだろう。
しかし、記憶がないことでそれを埋めるためか、何に対しても貪欲になっているようだ。
そんな自分が新鮮で。
そして、嫌いではないと感じる宇佐見だった。
それからマリコを観察しているうちに、宇佐見は彼女のあるルーティーンに気づいた。
それは、午後3時から4時の間にふらりと科捜研を出ていくことが多くあるのだ。
手ぶらだったり、ファイルを持っていたり、その時々で違うのだが、ただ他の人間には行先を告げない。
そして何故か他のメンバーも、マリコのその行動を黙認しているのだ。
――――― 何をしているのだろうか?
考えながら渡り廊下を歩いていると、『宇佐見さん!』と名前を呼ばれた。
思考を中断し、顔をあげれば、蒲原が立っていた。
「ああ、お疲れさまです」
「お疲れさまです。あの、宇佐見さん。マリコさん、科捜研に居ますか?」
「あ、いえ。先ほど出ていかれましたよ。行き先は分かりませんが…」
「やっぱり!ということは、土門さんはあそこか!」
蒲原は一人納得している。
「あの、蒲原さんはマリコさんの行先をご存知なんですか?」
「おそらく、土門さんと捜査会議ですよ。屋上で!」
「そうなんですか!?」
「この時間なら大体そうだと思います。ありがとうございます、教えてもらって助かりました。土門さんに急用だったので!」
最後は早口に叫びながら、蒲原は走り去ってしまった。
「捜査会議、ですか…?」
現在、土門の班が出張る様な事件は起きていないはずだ。
実際、ここ数日、科捜研も穏やかなものだ。
それなら、何の捜査会議なのか?
屋上で、二人きりで………。
宇佐見は先日のマリコとのランチを思い返した。
職場では滅多に見せることのない可愛げのある仕草や、ハッと目を奪われる上品な美しさ。
それらを土門は日常的に目にしているのだろうか。
一言で言うなら。
“ズルい”、だ。
宇佐見はもっともっと色々なマリコの表情を見たいと思った。
そして、それを自分だけのものにしたいと感じた。
「のんびりはしていられませんね」
決戦は、明日と決めた。
奇しくも、それは金曜日。