探しものは何ですか?
翌日。
朝から科捜研の4人は、様々な国の茶屋を巡った。
日本茶、中国茶、紅茶。
中には宇佐見と顔見知りの店員もいたが、やはり宇佐見には覚えがないようだった。
「すみません、皆さん。お休みの日まで付き合ってもらったというのに…」
「いいえ。気にしないでください」
「そうですよ。私が勝手に言い出したことだし」
「亜美ちゃんのせいじゃないわ。私達も賛成したんだもの」
マリコは落ち込む二人を必死に励ます。
しかし、そんなときもマイペースなのは呂太だ。
でも。
「ねー、みんな!歩き疲れたし、あそこで休もうよ。ボク、あんみつ食べたーい♪」
その明るさが、皆に笑顔をもたらした。
あんみつ屋で解散となったメンバーは、自然と若手組、アダルト組に別れた。
若手二人はこの後どうするか…、スマホを眺めながら相談している。
一方。
「マリコさんは、この後どうされますか?」
「ええ。もう帰ろうかと…」
「そう…ですか」
見るからに肩を落とす宇佐見。
そんな同僚を放ったまま帰宅することは…マリコにはできなかった。
青空の下、布団干しまで終えた土門はスマホのランプが点滅していることに気づいた。
『宇佐見さんとご飯を食べて帰ります。ごめんなさい』
土門の眉が持ち上がる。
この文面から察するに、亜美と呂太とは別行動だろう。
土門は宇佐見を信頼している。
しかしそれは、記憶のある頃の宇佐見だ。
今の宇佐見に対しては、土門の本能が黄色信号を灯している。
しかし、マリコ本人は全く気づいていないだろう。
今までの宇佐見とは違うのだ。
今の彼は記憶のない、ただの男だ。
「榊………」
「こんな所でよかったんですか?」
宇佐見のいう“こんな所”とは、小さなおばんざい屋だ。
ランチに瀟洒なレストランを提案した宇佐見に、マリコはこの店を指定した。
「ええ。ここのおばんざい、美味しいんですよ」
にっこり笑うと、マリコは箸を伸ばす。
この店は何度か土門と訪れ、マリコのお気に入りの店の一つだ。
「本当だ。美味しい…」
口に含んだまま目を丸くする宇佐見に、マリコは『ね?』と首を傾げる。
その仕草はいつものマリコよりも幼く、宇佐見の目には新鮮に映った。
そうかと思えば、美しい箸運びでゆっくりと静かに食事を楽しむマリコの姿は、大人の女性の余裕すら感じさせる。
宇佐見はマリコに見惚れ、改めて思う。
美しい人だ、と。
「マリコさん」
「はい?」
「普段、お休みの日は何をされているんですか?」
「え?」
「今日みたいに皆で出かけたりするんですか?」
マリコは、宇佐見が何か記憶を辿ろうとしているのだと勘違いした。
「いいえ。こういうことはあまりないですね。私は溜まった家事や、読書をして過ごすことが多いです」
「それなら…。この後、少し散歩でもしませんか?」
「宇佐見さん?」
「もう少し、マリコさんの知っている私のことを聞きたいんです」
「……………」
マリコは悩んだ。
宇佐見の気持ちも分かるし、協力したいとも思う。
けれど家では土門が自分を待っているのだ。
この次、土門と二人で過ごせるのはまたしばらく先になる。
だから、今日は…。
「ごめんなさい、宇佐見さん。今日はちょっと……」
「そう、ですよね。急に誘ったりしてすみませんでした」
「いいえ、私こそ。できれば協力したかったんですが」
「いいえ。大丈夫です。今日はありがとうございました」
淋しげに笑うと、出ましょうか?と宇佐見は伝票を手に立ち上がった。
店の前で宇佐見と別れると、マリコはすぐにスマホを取り出した。
何か打ち込むと、大通りをのんびりと歩いていく。
マリコのことがどうしても気になった宇佐見は、そっと後をつけることにした。
やがて、古い雑居ビルの前でマリコは立ち止まる。
そして時おり周囲を見回しては、スマホを確認する。
すると間もなく、一台の車がマリコの前に滑り込み、停車した。
開いた窓から運転手の横顔が見えた。
「あれは、確か……」
マリコは車に走り寄ると、運転手に何事か囁き、助手席に乗り込んだ。
焚かれていたハザードランプはウィンカーへと変わり、車はすぐに大通りへと合流して行った。