探しものは何ですか?





「所長、鑑定書を届けに行ってきます!」

マリコはA4サイズの茶封筒を手にラボを出た。

「マリコさん!」

宇佐見に呼び止められ、マリコは立ち止まる。

「はい?」

「どちらへ?」

「これを届けに一課へ」

マリコは茶封筒を掲げる。

「ご一緒してもいいですか?」

「え?」

迷うマリコだったが、そういえば宇佐見が復帰してから捜査一課へ顔を出していないことに気づいた。
そう頻繁に通う場所ではないが、せめて土門と蒲原とは顔を合わせておくべきだろう。

「わかりました。行きましょう」

「はい、ありがとうございます!」

二人は並んで科捜研を出ていった。



「宇佐見さん、すっかりマリコさんに懐いてるね」

「こら、呂太くん。宇佐見さんに何て言い方だい!」

日野に注意されても、『だってさー』と呂太は悪びれた様子もない。

呂太が指摘するのも無理はない。
仕事へ復帰してからというもの、宇佐見は常にマリコについて回っていた。
初めはマリコも、勝手のわからない宇佐見を気遣い、何かと世話を焼いていた。
しかしいつの間にかそれが日常となり、“マリコある所に宇佐見あり”といった状態が出来上がっていたのだ。
だからといって変にベタベタしているわけでもなく、あくまで仕事としての距離を保っているのは分かるのだが…。

「危険なか・お・り…」

神妙な顔つきだが、呂太の声はどこか上ずっている。
明らかにこの現状を楽しんでいるのだ。


「でも、所長。本当にこのままでいいんですか?」

改まった様子で、亜美が日野に詰め寄る。

「な、何が?」

「何がって…。絶対、土門さんとの間でひと悶着ありますよ?」

「宇佐見くんの記憶が戻るまでの話だよ。土門さんだって、そのくらい分かっているはずだよ…ね?…………たぶん」

「どうかなぁ…。土門さん、マリコさんのことになると見境ないし…」

「あ、亜美くん!不吉なこと言わないでよ」

眼鏡の奥の細い目には不安そうな光が宿っていた。





マリコは捜査一課へ着くと、部屋をぐるりと見回した。
しかし、目当ての人物は居ないようだ。

そこで、資料を読んでいるらしい青年に呼びかけた。

「蒲原さん!」

長身の若者がその声に反応し、入り口へ顔を向けた。
そして会釈をすると、マリコのほうへやって来た。

「お疲れさまです、マリコさん」

「お疲れさま。これ、土門さんに頼まれていた鑑定書なんだけど、渡して貰えるかしら」

「わかりました。土門さん、ちょうど今、電話中なんですよ」

蒲原は後ろを振り返る。
マリコもその方向へ視線を向けると、数人の捜査員の奥で受話器を手にした土門の姿がようやく見えた。
土門のほうもマリコに気づいたらしく、人垣から手だけがにょきっと現れた。
すると、初めは開いていた手のひらが、三本指になり、終いには一本指になって引っ込んだ。

「31?何か伝言ですかね?」

蒲原は首を捻る。

「マリコさん、分かりますか?」

「あ…うん。まぁ…………」

分かっているのか、いないのか。
マリコは言葉を濁し、『そうだわ!』と背後の宇佐見を振り返る。

「宇佐見さん。こちら捜査一課の蒲原刑事。私たち科捜研の協力者よ」

「初めまして、宇佐見です」

「あ、えっと…。そうか、そうですよね。初めまして、蒲原です。俺、宇佐見さんの淹れてくれるお茶が楽しみで、科捜研に通ってます」

半分冗談だが、半分は本気だ。
蒲原は宇佐見を気遣い、自分にできることがあれば何でも手伝わせてほしい、と申し出た。

「それから、あの奥で電話をしているのが土門刑事。蒲原さんの上司で、彼も私たちの捜査仲間よ」

「ご挨拶したいですが……。電話は終わりそうにないですね」

「土門さんとは、またすぐに会えるから大丈夫です。それじゃぁ、蒲原さん。報告書、よろしくね」

「分かりました」

マリコと宇佐見は科捜研へと戻っていった。



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