探しものは何ですか?
「それで、宇佐見さんの具合はどうなんですか?」
マリコは心配そうに日野にたずねた。
こんな時期だ。
全員で見舞いに行くことは叶わず、日野が代表して宇佐見に会いに行ったのだ。
宇佐見が階段から転落したこと。
命に別状はないが、記憶に混濁がみられることは、メンバー全員が前もって聞いていた。
しかしそれだけでは詳しい怪我の具合などはわからない。
みんなが日野の言葉を待っていた。
「怪我は軽かったよ。運良く骨折もなくて、打撲と擦過傷だけだ。ただ……」
「ただ?」
「記憶の方は、少し厄介そうだよ」
「転落による一時的なものでは?」
「そう思いたいね。言語や日常生活にはあまり影響はないようだったけど、僕をはじめ、人の認識はすっぽりと抜け落ちているみたいなんだ」
「そんな……」
マリコは二の句が継げない。
「宇佐見さん、ずっと入院なの?」
「いや。あと数日で退院はできるらしい」
「でも記憶がないんじゃ…。休職ですか?」
若手二人も真剣な表情だ。
「それがね…。断片的だけど、仕事のことは思い出しているらしいんだ。だから記憶回復のためにも仕事復帰させてもらえないかと、宇佐見くん自身に頼まれた」
「それで、所長。どうしたんですか?」
前のめりのマリコ、亜美、呂太の顔を日野は見回す。
「機密事項なんかもあるからね。全て元通りというわけにはいかないけど、できる範囲で手伝ってもらうことにしたよ」
「やったー!」
「みんな、宇佐見くんに協力してあげてほしい」
「もちんです!」
「うん!」
「了解ですっ!」
そんな会話が交わされた5日後。
「宇佐見くん、ここが科捜研だよ」
日野に連れられて、宇佐見が出勤してきた。
「そしてここにいるのが、科捜研のメンバーだ。宇佐見くんも彼らとずっと一緒に鑑定を続けているんだよ」
「あの…宇佐見です。よろしくお願いします」
改めての自己紹介は何だか不思議な感じがするが、宇佐見にとってはみな初対面なのだ。
「紹介するね。まずは涌田亜美くん。映像担当だよ」
「宇佐見さんには『亜美ちゃん』て呼ばれてました。だからそう呼んでくださいね」
「は、はい」
宇佐見は緊張気味に答えた。
「こっちの彼は橋口呂太くん。物理担当」
「呂太だよー。僕は宇佐見さんのいれてくれるお茶がだーいすき!」
「お茶…?」
その単語は、宇佐見の琴線に触れたようだ。
しかし霧のように霞んでいて、はっきりとした形にはならなかった。
「そして、彼女が榊マリコくん。法医担当だ。彼女が君との付き合いは一番長いかな。担当する鑑定内容での接点も多い」
「宇佐見さん、榊マリコです。退院おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
「ゆっくりで構いませんからね。記憶が戻るように頑張りましょう」
「はい……」
宇佐見は、目の前の女性に視線が釘付けになった。
艶を帯びた黒髪は美しく、白衣とのコントラストが眩しい。
意志の強そうな瞳は凛々しいのに、宇佐見に微笑みかける唇は官能的だ。
そのアンバランスさが宇佐見を惹きつけるのだ。
「……………ねえ」
「うん………」
小声の亜美の呼びかけに、呂太がすかさず反応する。
「……………堕ちた、よね?」
『恋に』
主語のない会話でも、若手二人は頷きあう。
そして…。
少々厄介なことになりそうだ、と。
亜美は腕を組み。
呂太は……お菓子の包み紙と格闘していた。