Pseudo family
何とか出勤一日目を無事に終えたマリコは、翌日、翌々日と皆の手を借りながら昊との平穏な日々を送っていた。
ところが、木曜の夜。
「コホン、コホン、コン、コン」
「昊くん、苦しい?」
昊は首を振るが、呼吸にヒューヒューという音が交じる。
「榊、入るぞ」
リビングにいた土門が、昊の咳に気づいて寝室へ入ってきた。
「喘息か?」
「うん…そうだと思う」
「病院へ連れて行くか?」
「そうね……」
二人の会話の間も、昊はひっきりなしに乾いた咳を続ける。
熱はないが、肩を上下させる昊の顔は苦しそうだ。
「このままでは眠れないでしょうし、病院で見てもらいましょう」
「洛北医大か?」
「ええ。風丘先生に連絡してみるわ。今ならまだ大学にいるかも」
土門の運転する車で、三人は洛北医大病院へ向かった。
「失礼します」
ノックの後でマリコが扉を開くと、早月が振り返った。
「ちょうど引き継ぎをして帰ろうとしていたのよ。良かったわ、間に合って」
「先生、すみません。そんな時に……」
「いいの!で、どんな感じなの?」
「あ、はい。昊くん」
マリコは、昊を早月の眼の前の椅子に座らせた。
「コンコン、コン、コンコン」
「辛そうね…」
早月は聴診器で胸の音を確認すると、一通り昊の体を触診した。
「この程度なら…今夜は処置をして帰っていいわよ。でも明日、ちゃんと小児科医に見せたほうがいいわね。予約を入れておくから」
「ありがとうございます」
「いいわよー。それにしても、驚いたわ。マリコさんにこんな大きな隠し子がいたなんてねー。しかもお相手は土門さんだっていうじゃない!もぉ〜、びっくり!」
「せ、先生!!!」
「分かってるわよ!マリコさんの友だちのお子さんなんでしょ?亜美ちゃんから聞いてるわ」
マリコはほっと安堵の息をつく。
対して、早月は医師の表情に戻ると「マリコさん」と呼びかけた。
「喘息発作の原因には、ストレスもあるかもしれない」
「ストレス…ですか?」
「そう。子どもは感受性が強いから、気づかないうちにストレスを抱え込んで体調に変化をきたすことはよくあるわ。気をつけてあげて」
「あの、でも…。どうすれば…?」
子どものいないマリコには、そう言われても具体的にどうすればいいのか分からない。
「できるだけ触れ合ってあげて。触れて、温かさや優しさを伝えてあげて。土門さんと二人で」
「……わかりました」
その夜、昊を間に土門とマリコは同じ部屋で眠った。
一人分離れた距離は、いつもなら淋しく感じるかもしれない。
けれど、今夜は何故か…。
その距離感さえ愛おしいと、二人は小さな温もりに癒やされるのだった。