Pseudo family
そして日曜日の午後。
マリコのマンションに新たな同居人がやってきた。
「久しぶりね、美咲」
「うん。マリコ……………」
美咲はマリコの腕をぎゅっと握った。
「美咲……」
「ありがとう。本当にありがとう」
「ママ?」
母親の様子に何かを感じたのか、小さな目が不安げに揺れる。
「あなたが昊くん?」
「……………」
「昊、ご挨拶は?」
「………こ、こんにちは」
母親に促され、消え入りそうな小さな声が聞こえた。
「こんにちは。私は榊マリコです。お母さんの友達よ」
昊はコクンとマリコに頷いて見せた。
「昊。マリコの言うことをちゃんと聞くのよ?」
「うん。ママ………」
返事をしても、昊は母親の手を握ったままだ。
無理もない。
いくら母親の知り合いだとはいえ、知らない大人、知らない場所へ一人で置いていかれるのだ。
不安になるのが当然だろう。
「美咲、一週間よ」
「分かってる」
「私のためじゃなくて、昊くんのために約束してちょうだい」
「マリコ?」
「今、一番不安な気持ちでいるのは昊くんだわ」
「……………」
美咲は、決して手を離そうとはしない我が子を抱きしめる。
「昊、ママはちゃんと迎えにくるわ。約束する。だからここで、マリコとお留守番をお願い」
美咲の腕の中、昊は頷く。
「ママ。ぼく、待ってる」
「昊………」
親子はしっかりと指切りを交わすと、しばしの別れを受け入れた。
母親は笑顔で手を振り、息子は鼻をすすりながらも必死に手を振り返した。
「さあ、昊くん!お腹空かない?」
「ぼく……パンケーキ食べたい」
「よしっ!任せて。できたら呼ぶから、それまで……」
そこで考えるマリコに。
「ぼく、お絵描きしてる」
昊は持ってきた荷物から、さっさと画用紙とクレヨンを取り出すと、すぐに絵を描くことに夢中になった。
その間に、マリコはパンケーキ作りに挑んだ。
レシピ通りに材料を用意したまではよかったのだが……。
「これ…………………………なに?」
「えっと、パンケーキよ?」
「…………………………固い」
通常よりもやや濃い茶色、やや薄い生地のパンケーキは、食感も独特のようだ。
「え!?ごめんね。すぐ作り直すわね」
皿を回収しようとしたとき、インターフォンが鳴った。
来客の姿を確認したマリコは急いで玄関に向かい、ドアを開ける。
「土門さん!」
「よぉ。助っ人に来たぞ」
美咲からの依頼を受けたとき、マリコが一番最初に相談したのは、実は土門だった。
この時、すでに二人は上司の判断がどうであろうと、昊を預かることを決めていた。
一人では無理だが、二人で半日ずつ休暇をとれば何とかなるだろう。
そう提案したのは土門だった。
「彼女は本当に困って、最後の最後にお前を頼ってきたんだろう。そんな相手の頼みを、お前は無視できるか?」
マリコは静かに首を振る。
そして、そっと土門の手を取った。
マリコより一回り以上大きな手は、温かかった。
「ありがとう、土門さん」
感謝の色を讃えた瞳に吸い込まれ、自然と二人の距離は縮まり、重なる。
その晩、二人は新たな客人をもてなすためのプランをああでもない、こうでもないと、夜遅くまで話し続けたのだった。