Pseudo family
「榊、昊、来たぞ」
「あ!」
その声に反応して、昊は一目散に玄関へ走っていく。
「どーもさん!」
靴を脱いだばかりの土門に抱きついた。
「おっと!何だ…随分元気になったな?」
「もうへーきだよ」
「そうか。良かったな」
「どーもさん、こっち!」
ジャケットを脱ぐ暇も与えず、昊は土門を引っ張っていく。
「何だ、昊?」
「どーもさん、ここ」
ソファの定位置に土門を座らせる。
すると自分は隣りにちょこんと座り、読みかけの本を土門と自分の間に置いた。
「んーと、ぐり、と、ぐ……ら、の…」
「昊!?字が読めるのか?」
土門は驚きに目を丸くしている。
「まーちゃんと一緒に読んだの」
「そうかー、すごいな昊!」
土門は昊の頭をぐりぐりと撫でる。
「そんな昊にご褒美だ。ほら」
土門は胸ポケットから箱を取り出すと昊に渡した。
「開けられるか?」
小さい手が一生懸命、箱の蓋と格闘する。
本人が頑張っている間、土門は手を出さず、ただ見守っていた。
「あいた!」
昊は嬉しそうに笑い、今度は中身を取り出そうと箱を振る。
すると、中から出てきたのは…。
「パトカーだ!」
「俺が乗っている車だぞ」
「うわぁ。どーもさん、ありがとう」
「おう」
昊はさっそくテーブルの上でミニカーを走らせる。
それに夢中になっている間に、土門はマリコのいるキッチンに向かった。
「昊の具合、良さそうだな?」
「お疲れさま。ええ。薬を飲んだら、もうすっかり元通りよ」
「そうか、安心した。ところで、これをあずかってきた」
「なあに?」
土門は紙袋をマリコに渡す。
「最後は会えず仕舞いだったからな。科捜研の皆からの寄せ書きと、音無巡査からの手紙だ。それにな…なんと、藤倉部長からクッキーの詰め合わせももらったぞ!」
「まあ!本当は昊くんと挨拶に行きたかったんだけど……」
「仕方ないさ。また遊びに来てくれるように、母親に頼んでくれ」
「そうね、わかったわ」
「さて、飯にするか!腹が減ったな。今夜は………?」
「ごめんなさい。出来合いなの」
申し訳なさそうなマリコの前髪を、土門はかきあげる。
「ばか。十分だ」
額に落とされた土門からの愛情だけで、マリコは胸が一杯になり苦しかった。
昊との何気ないやり取り。
二人で誰かの帰りを待つ楽しさ。
三人で囲む食卓。
しばらく忘れていた家族という幸せの形を、マリコは恋しいと思ってしまった。
たとえこの家族が期間限定だったとしても。
最後の夜も、三人は一緒に眠った。
土門、昊、マリコと並び、昊の両手は隣りに眠る大好きな大人の服をギュッと握りしめている。
不規則に漏れる二つの寝息がマリコの胸を締めつける。
明日からはまた一人…そう思うと、マリコは勝手に潤み出す瞳を無理矢理に閉じた。
長いこと眠れずにいたマリコだったが、それでも昊の小さな手を握ると……いつしか静かな寝息を立て始めていた。