First Kiss
「土門さん?」
「分かったぞ、榊。俺もお前と同じ気持ちだ」
その言葉に、マリコの鼓動が跳ね上がる。
「そう。それはどんな気持ちなの?」
昂ぶる気持ちを隠し、マリコは努めて冷静に言葉を紡ぐ。
どうあっても土門に言わせようとする。
――――― だって、聞きたい。
――――― 言ってほしいの…。
マリコの揺れる瞳の真意は、土門にも伝わっていた。
「榊。俺はもうずっと前から」
土門はマリコとの距離を詰める。
「お前が好きだ」
それは魔法の言葉。
どんなに固く凍てついた心でも、たちまちに溶かし解してしまう。
「正解か?」
そんな目で見つめられたら。
そんな風に聞かれたら。
そして、こんな風に抱きしめられたら。
――――― もう、降参するしかない。
閉じ込められた腕の中。
マリコは土門の香りに包まれる。
「よくできました」
真っ赤な顔で、それでも嬉しそうに笑う顔が愛おしくて。
土門は左手でマリコの後頭部を支え、引き寄せる。
右手で頬にかかる髪を耳に流すと、マリコは自然と目を閉じた。
顔を少し斜めに倒すと、マリコの震えるまつ毛がはっきりと見えた。
溢れる思いのまま、そっと口づける。
土門が唇を離しても、マリコは瞳を閉じたままだ。
「榊?」
「あっ…」
目を開けたマリコは、土門の顔の近さに赤面する。
それを見て、土門もこそばゆい様な心持ちになった。
「「……………」」
沈黙が気恥ずかしくて、土門は思わず聞いてしまった。
「どうだった?」
「え?」
「その、キスの味は?お前に渡したキャンディーと同じか?」
俗に、例えるならファーストキスの味はレモンか、ストロベリーだという。
では、二人のファーストキスの味は?
「分からないわ。緊張しちゃって……」
土門は小さく吹き出した。
「あ、酷いわ!」
「いや、すまん。しかし科学者のお前には、分からないままにしておくことはできんだろう?」
「どういう意味?」
「分かるまで、検証に協力してやるよ。……ファーストキスじゃないがな」
そういうと、土門は腕の中のマリコへ再び顔を近づける。
「どうだ?」
「…分からない」
もう一度。
「分かったか?」
「……分からないわ」
「榊?」
見ればマリコの瞳は、潤んでいた。
「分からないの。どうしよう、土門さん…」
マリコは胸に溢れる感情をコントールできずにいた。
嬉しさ、愛しさ、優しさ、そして幸福に対する一抹の不安。
めぐる想いを一人では抱えきれない。
土門はマリコの頬を両手で包みこんだ。
「落ち着け。大丈夫だ」
そう諭すと、まずマリコの額に口づけた。
順に口づけは下がり、最後にゆっくりと唇が重なった。
マリコの心の揺れが、キスを追うごとにおさまっていく。
昂るのも、静まるのも、たった一人のせい。
「少しだけ、分かったかも…」
「そうか!」
「でもまだ確証はないの。だから……」
背を伸ばし、今度はマリコから口づけた。
「土門さんはどう思う?」
土門は笑って答えない。
なぜなら、土門の答えはレモンでも、ストロベリーでもないからだ。
その味わいは言葉にできない。
でも、強いて言うなら…?
「土門さん、答え合わせをしない?」
実にマリコらしい提案だ。
「いいだろう。同時にだぞ?」
「ええ。せーの!」
「「 “恋の味!” 」」
「「……………!?」」
思わず、二人は顔を見合わせる。
そして、笑い合う2つの声は溶けあって。
生まれるハーモニーは、軽やかに早春の空へと吸い込まれていった。
fin.
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