First Kiss





「榊……」

振り返る土門の顔は強張り、声は硬かった。
これからのことを考えると、やはり緊張するのだろう。

「土門さん?何かあったの?」

マリコは尋常ではない様子の土門を心配する。

「いや。何か、…用か?」

「あ、えっと……」

マリコは途端に言葉に詰まる。
挫けそうになるが、それでも何とか続けた。

「キャンディー、ありがとう」

「おぅ…」

「「…………………」」

沈黙。

「…食べてみたのか?」

「ええ。美味しかったわ」

「そうか」

「「…………………」」

再び、沈黙。

「くそっ!」

突然、土門はガリガリと襟足を掻く。

「土門さん?」

「榊。それはホワイトデーだ」

「あ、うん」

それはマリコも分かっているらしい。

「今年のバレンタインは、その…。いつもと違うものをもらった気がしてな」

「え?」

「え?…違ったか?」

マリコは顔を伏せ、首を振る。
そしてまた、土門とは目を合わせなくなってしまった。

「なぁ…」

「?」

「俺はお前に嫌われるようなこと、何かしたか?」

「え?」

「バレンタイン以降、お前…俺を避けてるだろう?」

「避けてる?」

「そうだ。急に顔を逸したり、今も目を合わせようとしない。捜査中も俺の誘いを断って、わざわざほかのヤツの車に乗ったりしているだろう」

「それは…………」

「何が原因だ?バレンタインの時に、俺が何かしたか?俺は…………」

土門は一旦言葉を止めると、ぐっと唇を噛みしめる。

「俺は、お前と一緒だと捜査が捗る。俺たちが気づかないようなことも、お前は気づくし。お前の科学の知識は俺達の捜査に欠かせない…いや。そんな事を言いたいわけじゃないんだ……」

気持ちに言葉が追いつかず、土門は頭を振る。

「俺は。俺は、お前と居ると心地いい。安らぐ。俺が俺らしくあるためには、榊。お前が必要だ」

「土門さん…」

その言葉は。
その意味は。
もしかして…。
マリコの鼓動が速まる。

「だから、お前が俺を嫌いになった理由があるなら、教えてくれ。直す。お前が隣にいてくれるなら、他には何も望まない」

「何…も?」

「ああ」

すーっと熱が冷めていくのを、マリコは感じた。

「それじゃぁ、土門さんは私が傍にいさえすれば、あとはどうでもいいの?」

「榊?」

「例えば、私がほかの人と一緒になっても?」

「それが、お前の幸せなら……」

きっと断腸の思いだろう。
それでも、この手から離れてしまうよりはずっといい。

「そんなの勝手よ!そんなの嫌よ!!」

強い言葉だが、その声は震えていた。

「榊?」

「そんなの…。そんなの……。それじゃぁ。私の気持ちは。……………どうなるの?」

ポツリ、ポツリ。
雨粒のように、マリコの言葉は零れていく。

「お前の気持ち、って何だ?」

「……………」

土門の疑問はもっともだ。
しかしマリコの方は、明らかに口を滑らせてしまった失態に沈黙するしかない。

「答えてくれ、榊」

土門の眼前には一筋の光が差し込む。

マリコの気持ち。
もしかして、それは………。

対してマリコの脳裏には、「年貢の納め時」そんな言葉が浮かんだ。
もしかすると、これまでの心地よい関係性が崩れてしまうかもしれない。
けれど…。
もう隠し続けることはできない。

「当ててみて、土門さん」

それでもこのまま素直に告白するのは癪だから、マリコは最後の抵抗を試みた。

土門は腕を組み、難題に向き合う。

問)
マリコの気持ちとは何か?

過程)
傍にいて欲しい、その公式ねがいは適切らしい。
では、傍にさえいればいいのか?
土門はイエス。
しかし、マリコはノー。
何が違う?
何も違わない。
なぜなら、土門自身が自分を偽っているからだ。
本当は自分の傍で、自分だけを見て、自分だけに笑いかけてほしい。
それが、土門の本心。

答)
マリコの気持ちと、土門の気持ち。
それは同じだ。
それは。
その気持ちの名前は。


『恋』という。



4/5ページ
スキ