今夜くらべてみました





「あきれた!ここで何をしてるの?」

機動捜査隊の舞子が冷ややかな視線を向ける先には…。

「よぉ…」

赤ら顔で廊下に座り込む、新聞記者ひとり。

「うちのマンションに何か用?言っておくけど、私にはないわよ」

「相変わらず。……つれない、女だ…な」

「余計なお世話。誰だって、そんな呂律も怪しい酔っぱらいに用はないでしょ。帰って」

舞子は土居の前を通り過ぎ、自宅のドアに鍵を差し込む。

「聞こえなかったかしら?」

チラッと見下ろす顔には、同情の欠片もなかった。

「わかった、わかった。帰る。その前に、せめて水の一杯くらい恵んでくれないか?」

「……………」

「いいだろ?金も払うぞ」

「結構よ。水くらいご馳走するわ。持ってくるから待っていて。でも、その前に…そこは通り道だから、もう少し端に寄って」

舞子は動かない土居の腕を掴んだ。

「土居さん!?」

舞子はしゃがみ込むと、土居の額に手をあてた。

「あなた!!!」

その額はうっすら汗ばんで、驚くほどに熱かった。
顔の赤さは酔いではなく、発熱のせいだったのだ。

「なぜ言わないの!肩を貸すわ、歩ける?」

「何だよ…。家に入れてくれるのか?」

「当たり前でしょう。病人を見捨てるほど冷血漢じゃないつもりよ。さあ」

舞子は細い体格ながら、土居のふらつく体を支える。
何とか寝室までたどり着くと、土居をベッドに寝かせた。

舞子は一度キッチンへ向かうと、テキパキと必要品を準備する。
薬や水を手に寝室へ戻ると、土居は目を閉じていた。

「とにかく冷やさないと…」

舞子はシート状の冷感剤を土居の額に貼りつける。

「……………」

見つめる視線に気づいたのか、土居が目を開けた。

「なん、だよ……」

「いえ…こんなに貼りやすいオデコは初めてだわ、と思って」

申し訳ないと思いつつ、舞子は唇が震えてしまう。

「ふん!どうせデコッパチだよ」

「褒めてるのよ?」

「嘘つきは泥棒のはじまりだぞ」

「そんな減らず口がきけるなら大丈夫ね。はい、薬よ。飲んで」

「………飲ませてくれよ」

途端に室内の温度が下降する。

「じ・ぶ・ん、でとうぞ!」

「ちっ」

仕方なく自分で薬を飲み込むと、土居は布団に潜る。

「あんたが寝る前に起こしてくれ」

「どうして?」

「俺はソファを借りられりゃ、十分だ」

「何ってるの。病人は遠慮しないで」

「けどな…」

「大人しく言う事聞かないと、確保するわよ?」

「それは、いつでも頼む」

呆れた舞子の返事は。

「気が向いたらね」

「!?」

いつもより柔らかい応酬に、土居はニマッと笑うと目を閉じた。
薬が効き出したのだろう。

舞子は土居の布団をかけ直すと、寝室の明かりを絞り、出ていった。


*****


翌朝。

「うわぁ!おいっ、なんであんたがいるんだ!?」

土居は背中の温もりの正体に、素っ頓狂な声をあげた。
おかげで舞子は目が冷めてしまった。
起床時間はもう少し先の予定だったのに。

「んんっ…、だって寒かったから」

「湯たんぽか、俺は」

「いいでしょ。そのくらい。それより熱は?」

舞子は隣のデコッパチと額を合わせる。

「よかった。下がってるわね」

「ああ。もう大丈夫だ。世話になったな」

「珍しく殊勝ね」

「まあな。熱で朦朧としていたときも、あんたの顔しか浮かばなかった。本当に助かった」

「土居さん…」

「何か…礼をしないとな。夕飯でも奢る」

「いいわよ、そんなの」

「俺が良くない!でも夕飯の前に、感謝の気持ちだけでも…」

そういうと、土居は舞子の頬に手をかけ顔を寄せていく。

「待って!」

舞子の手が土居の口を塞いだ。

「その感謝に朝食はつくの?」

コクコクと頷く土居に、舞子はその手をどけた。

「私、お味噌汁はマストよ」

「任せてもらおうか?」

そういってニヤリとしたかと思えば、すぐ目じりに皺を寄せて、優しげに笑う。

『その笑顔がお礼でもいいんだけど』

思うだけで、絶対舞子には口に出せない台詞だ。

二人の鼻先が触れあい、唇が重なる。
熱が出たためだろうか。
かさつく土居の唇を舞子はぺろりと舐め取った。

「あんた……」

無自覚に男心をくすぐるその女に、またしても土居は確保されるのだった。



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