春香





「榊、風丘先生が着替えを用意してくれたみたいだぞ?」

検査を終えて病室へ戻ると、備えつけの棚に病衣が置かれていた。

「本当?良かったわ。昨日からこの服のままだったから、ちょうど着替えたかったの」

「手伝ってやろうか?」

たずねる土門の手付きは、どことなく怪しい。

「け、結構よ!」

マリコは思わず胸元の服をかき寄せた。

しかしそうはいっても、体力の戻らないマリコは少し動いては息が切れてしまい、なかなか着替えが進まない。

「榊、貸せ」

土門はマリコから、病衣を奪う。

「………………」

「そんな目で見るな。病人相手に変な真似するか!」

土門は手早くマリコのカットソーを脱がすと、キャミソールの上から着替えを肩に掛けた。

その時。

「失礼します。マリコさん具合は……………!!!」

からりとドアが開き、顔をのぞかせたのは巽だった。
検査を終えた頃を見計らい、再度マリコを見舞おうと思ったのだ。

「ノックぐらいしろ!」

土門はそう叱責すると、素早く巽とマリコの間に立ち、巽の視界からマリコを隠した。

「し、失礼しました!」

巽は慌ててドアを閉めた。

「あれ?」

突然のことで、よく分からなかったが…。
実はもの凄い場面を目撃したような気がする。

着替え途中のマリコさんの側に、土門さんが……居る?

巽はようやく気づいた。
なぜ早月が、マリコを諦めろと言ったのか。

「そういうことかぁ…」

思わず口をついて出た言葉。

「確かに、敵うわけない、よなぁ……」

大きなため息とともに、巽の肩はがっくりと落ちた。





「見られたかしら?」

「あいつ、一度締め殺してやる!」

個室だということで、土門もマリコも油断していた。

「もう…。それよりカーテンを閉めて」

「ああ」

土門はベッドの周囲のカーテンをひいた。

「ありがとう。後は自分で着替えられるわ」

「ああ…」

そう返事をしながらも、土門は着替えにかこつけて、マリコの肌に触れることを止めようとはしない。
なめらかな感触は中毒性があるようだ。

「土門さんこそ、絞め殺しちゃうわよ!」

「それ、いいな。是非ともお前の中で頼む」

土門はニヤリと口角を上げる。

「!?」

そんな土門を、マリコは呆れ顔で睨んだ。

しかし、すぐに土門は表情を引き締めた。

「榊。言っておくが、今回のこと…俺はまだ許しちゃいないぞ?」

途端にマリコの顔が曇る。

「いつも体調には気をつけろと、あれほど言っているのに…。意識のないお前を見て、俺がどれだけ心配したか分かるか?」

「……ごめんなさい」

土門は腕を組むと、ため息を吐く。
そして、マリコにたずねた。

「榊、俺のことが好きか?」

「え?」

「どうなんだ?」

「…………す、き」

マリコの頬はバラ色に染まる。

「だったら、もし俺が倒れたら…お前はどう思う?」

「心配だわ。心配で……………」

マリコはそれ以上、何も言えなくなってしまった。
そして、改めて深く反省した。

「土門さん…」

自分の名前に込められたマリコの気持ちは、土門にも十分伝わった。
だから何も言わず、ポンとその髪に触れた。

マリコは土門のワイシャツをぎゅっと掴んだ。
大きな瞳に土門を映し、そして閉じる。


病室の淡いピンクのカーテンには、ぼんやりとしたシルエットが映っていた。
これまで二つあったはずのそれは。

今は、一つしかない。



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