春香
30分後、マリコを乗せた土門の車は洛北医大に到着した。
蒲原から連絡を受けた早月はすでに準備を整え、外で待っていてくれた。
この頃にはマリコの意識は戻っていたが、血の気のひいた顔は蒼白だった。
「待ってたわよ。マリコさん、大丈夫?」
「すみま、せ…ん」
それだけ答えるのも、マリコは辛そうだ。
「無理をしたお説教は後よ。土門さん、マリコさんを車椅子に」
「いえ。こっちのほうが早いですから」
そういうと、助手席からぐったりとしたマリコを抱え、土門はスタスタと歩き出した。
「病室でいいですか?」
「え?ええ……」
一瞬、呆気に取られた早月は苦笑する。
「5階よ。大丈夫?」
「“いつもより”軽いですから」
棘を含んだ言葉にマリコは身を縮める。
暗に、働きすぎで倒れたと指摘されているのだ。
しかし早月は。
「マリコさんたら、いつもこんなことされてるのね…」と、緩む頬を必死で堪えるのだった。
翌日。
「あの、何か?」
早月はマリコの病室の前をウロウロしている不審な男に声をかけた。
「あ、すみません。決して怪しい者ではありません」
「怪しい人は、みんなそう言うと思うけど?」
「うっ…。警視庁からきている春香と言います。実は俺、昨日、マ…榊さんが倒れたときに一緒にいたんです」
ははーん!、と早月はピンときた。
「それで、マリコさんのお見舞いに?」
「はい」
「残念だけど、たった今、検査に行っちゃったわ」
「検査…」
「ええ。でも、すぐに戻ると思うけど」
「あの……」
「?」
「マリコさんと、先生は親しいんですか?」
「あ、そうか!自己紹介が遅れてごめんなさい。私は風丘早月、解剖医です」
「解剖医?」
「ええ。京都府警から依頼されて、解剖を担当しています。マリコさんとは公私ともに仲良くさせてもらっているの」
「だからマリコさんが倒れたとき、土門さんは先生を頼るように言ったんですね」
「これまでも何度かね…。マリコさんは鑑定に集中すると、自分のことを忘れちゃうのよねぇ」
困ったものだわ、と早月は首をふる。
「あの、風丘先生」
「はい?」
「マリコさんって、お付き合いされている方とかいるんでしょうか?」
早月は巽の顔をまじまじと見る。
「マリコさんは何て?」
「聞こうと思って話している途中で倒れてしまったんです」
「そういうこと…。うーん、いる…と思うわよ」
「どんな人かご存知ですか?」
「一応ね…。春香刑事、マリコさんのことが好きなの?」
「はい!」
「残念だけど、諦めたほうがいいんじゃないかしら?」
「俺が認められる男なら、すっぱり諦めます。でもそうじゃないなら……」
「春香刑事が認められるのは、どんな人?」
「そうですね…。男らしくて、包容力があって。命を賭けてマリコさんを守る人です!」
「身近な人でいうと、誰かしらね?」
「うーん…。例えば、土門さんみたいな強くて男らしい人なら、俺は認めます」
早月は吹き出しそうになるのを、なんとか堪える。
「そう。だったら春香刑事…やっぱりあなたは諦めたほうがよさそうよ」
『?』な顔の巽をその場に残し、早月は立ち去った。