春香
結局、捜査会議に遅れた巽は大目玉を食った。
警視庁の捜査一課とリモートでの合同捜査会議であったため、遅刻はすぐに上司にばれ、鼓膜が破れそうな程の大声で叱り飛ばされた。
しかも、それを会議に出席していた全員に聞かれてしまったのだ。
さすがに巽は落ち込んだ。
あてもなく歩いていた足は、勝手に科捜研へ向っていた。
「あら?巽刑事」
一人残って作業していたマリコが巽に気づいた。
「マリコさん……」
「何か?鑑定依頼ですか?」
「あ、いえ…」
「?」
「あの……」
「はい?」
「少し話しを聞いてもらってもいいですか?」
「……………」
何かあったらしい…と勘づいたマリコは、新しいカップにコーヒーを注ぎ、巽に手渡した。
そして亜美のブースから椅子を2脚引っ張ってくると、一つを巽に勧めた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
マリコが隣に腰を下ろすと、巽はカップを手にしたまま、これまでの経緯を訥々と話しだした。
「俺って、刑事に向いてないんでしょうか…」
「…………………………」
マリコは黙って巽の話を聞いているようだ。
「マリコさんみたいな素敵な女性が側にいてくれたら、俺…頑張れそうな気がします!」
「…………………………」
マリコは尚も無言のままだ。
何と答えるべきか、悩んでいるのかもしれない。
「あの、マリコさん!」
巽は、改めてたずねてみることにした。
「今誰か付き合っている人とか…いるんですか?」
「…………………………」
「マリコさん?」
この質問まで返事がないことに、さすがの巽も不審に思い、隣のマリコへ顔を向けた。
するとその瞬間、ズンと肩に重みがかかった。
マリコが巽の肩に寄りかかってきたのだ。
「マ、マリコさん!?」
「……………」
巽は状況を把握できずに慌てる。
しかしその間にも、マリコの髪から香る優しいシャンプーの匂いが巽の鼻孔をくすぐる。
いけないと分かっていても、巽の理性が切れかかる。
その手がマリコの髪に触れ、そして頬にかかる……………。
「おい、何してる!?」
その声に、巽は“はっ”と我に返った。
「あ、いえ。決してやましい気持ちは…すみません!」
巽は慌てて立ち上がる。
しかし、そのためにマリコの体がぐらりと傾いだ。
「バカ野郎!」
土門は怒鳴りながら、目一杯体と腕を伸ばした。
間一髪、その肩を掴むことに成功し、マリコは椅子から落ちずにすんだ。
「え?マリコさん??」
「貧血だ。おい、榊、榊!」
肩を揺するが、マリコの意識は戻らない。
「くそっ!」
土門は迷うことなく、マリコを抱き上げた。
「ど、土門さん!」
「巽、一課にいる蒲原に連絡を頼む。洛北医大の風丘先生に榊のことを伝えるように言ってくれ」
「は、はい」