春香





「失礼します」

科捜研のパブリックスペースに足を踏み入れた土門は、途端に眉を潜める。

「あ、土門さん。いらっしゃい!」

そこには、宇佐見のお茶を手に、やたらと馴染んだ雰囲気の……。

「巽。なぜお前がここにいる?」

「鑑定報告書をもらいに来たんです」

「だったら、もらってさっさと帰れ」

「それが出来上がるまでもう少しでかかるみたいで、待ってるんです。マリコさんを」

土門は片眉をピクリと動かした。

「榊の鑑定待ちなのか?」

「そうです」

「……おかしいな?」

「何がですか?」

今度は巽が首を捻る。

「いや。榊には俺も鑑定を頼んでいるんだ。てっきりそっちを進めてくれていると思ったんだが…。巽。お前、何を調べてもらっている?」

「こちらで採取された指紋と俺が警視庁から持ってきた指紋の分析です」

「ああ。それならとっくに終わってますよ?」

会話に参加してきたのは、お茶の追加を注いでくれた宇佐見だ。

「ええ!?」

「先程、一課に届けましたが?」

「マ、マジですか?」

「はい」

「お前な…。鑑定するのは榊だけじゃないぞ。早く戻れ。藤倉刑事部長はこれから捜査会議だと言っていたぞ?」

「!!!」

脱兎のごとく、とは上手い表現だと思う。
巽はダッシュで科捜研を出ていった。



「土門さんは戻らなくていいんですか?」

宇佐見は土門へもお茶を出すべきか…と、迷っていた。

「今回、自分は別の事件を担当しているんです。だから、会議には出ません」

「そうでしたか。それでは一杯いかがですか?」

土門はマリコの研究室へ目を向ける。

すると、慌ただしくデスクと機器の間を往復する白衣が見えた。

「お願いします。もう少しかかりそうだ…」

「はい」

小さな茶器を満たした鸚緑おうりょくの液体からは、芳しい春の香りが漂う。
その心地よい匂いは。

『土門さん!』

そう言って微笑む顔を土門に連想させた。



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