檸檬爆弾
病院の自動ドアをくぐると、マリコは総合受付の前で立ち止まった。
前方から一人の男がマリコへ近づいて来たのだ。
まだ若い。
20代初頭ぐらいだろう。
痩せ型で背筋を丸めて歩く様子は、京都府警へ手紙を投函したと思われる男の映像とよく似ていた。
しかしよく見れば、生きることに疲れたような生気の失せた顔色をしている。
ただその手には男の疲弊感とは対象的に、色鮮やかな檸檬が一つ握られていた。
土門はすかさずマリコを背後に庇い、盾となる。
「榊マリコさん、初めまして。来てくれてありがとうございます。さあ、行きましょうか」
男は土門には目もくれず、マリコを促すと歩きはじめる。
「あの!どこに行くんですか?」
男は振り返る。
「あなたに会いたがっている人。あなたに手紙を送った人に、ですよ」
「それじゃぁ、あなたは一体……?」
「僕は運んだだけですよ。手紙も、それ以外のモノも。さあ、7階の病室です」
男は先にエレベーターに乗り込むと、扉を押さえ、マリコを待つ。
「待て、罠かもしれん」
土門は相手を睨みつけ、マリコの足を止めた。
「榊さん、あなたは何のためにここへ来たんです?手紙の送り主に会うためじゃないんですか?」
男は呆れたような声を出すが、土門の厳しい視線は緩まない。
「仕方ないな…。こういう手は使いたくないけど。この病院内にも小ぶりの爆弾を仕掛けてあります。今回は、爆発すれば確実に人が死ぬ。そういう場所に仕掛けました」
「本当なの!?」
「ええ。起爆装置はこれです」
男は檸檬を空中に放り上げ、キャッチする。
「お前!ふざけてるのか!」
「いいえ。何なら落としてみます?」
一喝する土門を意に介さず、男は飄々と答える。
そして檸檬を目線の高さまで持ち上げると、落とす仕草を見せた。
「待って!分かったわ、行くわ」
「榊!?」
たちの悪い冗談かもしれない。
土門の言うように罠かもしれない。
でも、もし本当だったら……。
マリコは男に従うことを決めた。
エレベーターへ乗り込むマリコの背後で、納得のいかない土門は……それでも渋々と後に続いた。