檸檬爆弾





廃ビルで爆破事件が発生したとの入電を受け、各捜査員、そして科捜研へも臨場要請がかかった。
宇佐見の運転するワゴンでマリコ、亜美、呂太が現場へ向かう。
日野は連絡係として待機している。


到着してみると、現場はものの見事に一部屋分が吹き飛んでいた。
ぽっかりと空いた穴が、却って爆破の凄まじさを物語っている。


「廃ビルだったことが幸いしたな」

白衣に目を留めた土門が、マリコへ近づいてきた。

「被害に遭った人はいないのね?」

「ああ」

「良かったわ」

「それが、そうでもない」

「え?」

土門は無言でマリコヘ一通の封書を差し出す。

「ビルの入り口に貼りつけてあった。」

「これ……」

すすで汚れているが、そこに書かれた文字は判別可能だ。

「私…、宛て?」

「悪いが先に中を読ませてもらった。お前も読んでみろ」

マリコは念のため注意深く手紙を取り出し、広げた。



『前略

日々鑑定に追われ、お忙しいことと思います。
先日は自分勝手なお願いをし、申し訳ありません。
それでも。
せめて何がしかのお返事はいただけるものと淡い期待をしておりました。
ですが、それが叶わぬのなら、いっそ…。

僕が望むこと。
それは。
榊マリコさん、あなたの姿が見たい。
雑誌の写真だけでは足りません。
白衣をまとったあなたの全身が見たい。
身長は高いのでしょうか?
普通でしょうか?
写真の感じでは細身のようでしたが、やっぱりそうでしょうか?
普段はスカート派ですか?
パンツ派ですか?
僕はあなたのすべてが見たい。
知りたい。
きっとこの手紙があなたの手元に届くころには、僕の願いは叶っているでしょう。
でも。
僕の願いは、一つではありません。

榊マリコさん。
またお見かけするのが楽しみです。

草々』


「……………」

マリコは無言で土門の顔を見つめる。

「この文面を読んだ限りでは、以前に手紙をもらったことがあるのか?」

「いいえ。何のことか…全く分からないわ」

「この字に見覚えは?」

マリコは首を振る。

「榊。こいつは明らかにストーカーだ。しかもこの手紙の主が爆破事件の犯人なら…願いが一つではないというのが気になる。『またお見かけする』という文意も、犯行を示唆しているのかもしれん」

「でも、手紙なんて…。本当に覚えがないのよ」

「とにかく。今はこの現場から、出来るだけ犯人に繋がる証拠を見つけてくれ」

「分かった」

「それと」

土門はマリコとすれ違う瞬間、その手をぎゅっと握った。

「気をつけろ。何かあれば、どんな小さなことも知らせろ。いいな?」

低い小声に、マリコの緊張が少しほぐれる。

「ええ」

その返事を聞くと、土門は捜査員たちの輪へ戻っていった。




科捜研で待ち構えていた日野を含め、早速鑑定が始まった。
爆風で飛ばされてしまったからか、思ったほど残留物は得られなかった。

それでもいくつか分かったことがある。

「破片を調べた限り、恐らく時限式のプラスチック爆弾だと思います。作り自体は標準的なもののようです。ただ……」

「宇佐見さん?」

「これはあくまで私の心象ですが…」

宇佐見は前置き。

「細部に至るまで非常に丁寧に作られていたんじゃないかと思います。少なくともネットで公開されているような雑なものではなさそうです。それに完璧に部屋一つ吹き飛んでいたことを考えると、爆薬の量や、爆弾の設置場所なども詳細に調べていたのではないでしょうか?」

「それって、かなり爆弾の知識があるってこと?」

「だと思います」

不穏な空気が広がる。

「ゲソ痕なんだけどね。いくつか見つかったんだけど、煤まみれで完全な形のものは無かったよ」

「そうですか。所長、手紙の方は?」

「うん。自筆だったけど、データベースに一致する人物は居なかった。ただね、ちょっと気になることがあったよ」

「気になること?」

「宇佐見くん」

「はい。所長に指摘されて気づいたのですが、この便箋からは仄かに柑橘系の香りがするんです。調べてみたらリモネンが検出されました。ただし極微量のため、精油の類か果物かまでは判別不可能でした」

「リモネン…て、レモンの皮とかの成分ですよね?」

首をかしげると、亜美のお団子が揺れる。

「レモンならスーパーにレストラン、色んな場所にあるよー」

「決め手とは言えないね」

日野は難しい顔で腕を組む。

「でも念の為、土門さんには伝えておきます」

「捜査はどうなっているのでしょう?」

「今はとにかく目撃者の発見に全力を注いでいるみたいね。亜美ちゃん、そっちはどう?」

「廃ビルに防犯カメラはありませんでした。周囲にいくつかカメラはあったんですが、あのビルの入り口が映る角度ではなくて…」

「そう……」

今のところ、打つ手なしだ。



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