ニューヨークからの客人
そして、空港の駐車場では、男女の間でひと悶着起きていた。
「もう、恥ずかしいじゃないの!あんなことして!」
「あんなこと…ってこんなことか?」
土門はハンドルに右腕を掛け、身を乗り出すと、助手席のマリコへ顔を寄せる。
「ストップ!私、怒ってるのよ!」
マリコの両手が土門の顔を押し返す。
その手を土門は掴んだ。
「怒っているのは俺も同じだ」
「土門…さん?」
「俺は“気をつけろ”と言ったはずだ。わざとじゃないとはいえ、あのまま手がぶつかっていれば、お前なら椅子から飛ばされ怪我をしていただろう」
「……………」
「お前と相馬がしたことは、結果として彼女を傷つけ、お前自身も危険な目に遭うところだったんだぞ?」
「……………」
土門の言うことは正しい。
マリコも希沙良を傷つけてしまったことには、心を痛めていた。
「そうね…、軽い気持ちで本当に悪いことをしてしまったわ。土門さんにも……迷惑かけてごめんなさい」
「お前にも貸しだな?」
「ええ。今夜は奢るわ」
「いや。飯は俺が奢ってやる。その代わり、別のもので返してくれ」
「何か欲しいものがあるの?」
「ああ。ある」
「なあに?」
「返事」
「え?」
「返事だ。さっきの…」
「さっき?」
「お前を、俺の婚約者だと言った」
マリコは思い出し、また顔を赤くする。
「いいか?」
「事後承諾なんてズルいんじゃない?」
「榊?」
「断れないって分かってるんでしょ?」
ツンとそっぽを向く顔を、土門は引き寄せる。
今度は抵抗することなく、マリコは大人しく従った。
「契約成立だな?」
「だったら、承認印が必要ね?」
「ああ、もちろん……」
一つでいいはずの承認印は、いくつもマリコの唇に落とされ。
やがて乱れる吐息に、車内はしばし濃密な空気で満たされるのだった。