ニューヨークからの客人





翌日。
マリコは相馬と連れ立って、希沙良が宿泊するというホテルを訪れた。

「今朝一番の飛行機で着いたらしいんで、もういると思うんっすけど……」

「リョー!」

ガバッと相馬の背後から、背の高い女性がまるで襲いかからんばかりに抱きつく。

「き、希沙良…。重い……」

「sorry…。会いに来てくれて嬉しい!」

「希沙良、こちらが以前話したマリコさんだ」

希沙良と呼ばれた女性は、アーモンド色の瞳を見開きマリコを凝視する。
頭から足先まで、明らかに値踏みするような視線だ。

「ふーん。ハジメマシテ」

しかし相馬が拍子抜けするほど、希沙良は普通にマリコへ握手を求める。

「初めまして。榊マリコです」

マリコは臆することなく、その手を握り返す。

「希沙良。マリコさんはお前の研究の話が聞きたいんだってさ」

「研究?」

「はい。私はDNA鑑定に興味があるんです」

「oh!OK. それじゃあ、ラウンジで……」


ラウンジに場所を移した三人は、暫くそれぞれの専門分野について意見を交換し合う。
話しに夢中になるあまり、オーダーしたコーヒーはもう冷めきっている。

「あ、所長からだわ…」

マリコは振動するスマホに気づくと、「ごめんなさいと」言って、席を離れた。

「リョー。マリコサン、優秀な科学者ね」

「だろ?」

「でも、婚約者っていうのは嘘でしょ?」

「な、なんでだよ」

「マリコサンて、いくつ?」

「?」

「リョーの婚約者にしては、えーと……オバサン?」

「おい、失礼なこと言うなよ!」

希沙良の軽口を、相馬は思いがけず強い口調で諌めた。

「リョー?」

「歳なんて関係ない。マリコさんは上司としても、女性としても十分魅力的だ」

「リョー、怒った?ゴメンナサイ……」

希沙良は慌てて、相馬に謝罪する。

ちょうどその時、マリコが戻ってきた。

「お待たせ。…どうかしたの?」

ぎこちない雰囲気にマリコは首を傾げる。

「いえ、何でもないっす」

「そう?」

「マリコさん、今日はもう帰りましょう」

相馬は立ち上がり、マリコを促す。

「え、でも……」

マリコは希沙良と相馬の顔を見比べる。
しかし、相馬はさっさと伝票を手にしてしまった。

「リョー!私は明日……」

「お見送りに来ますね」

言いかけた希沙良の言葉を引き取ったのはマリコだった。

「マリコさん!?」

驚く相馬に、「そのつもりだったでしょ?」とマリコは暴露する。
希沙良が弾丸ツアーで来日することを、マリコは予め相馬から聞いていたのだ。

心なしか希沙良の表情が明るくなる。

「……………明日な」

相馬は希沙良へぶっきらぼうに言い放つと、今度こそマリコを伴いラウンジを出ていった。




「相馬くん、彼女と何かあったの?」

フロントでタクシーを待つ間、マリコはたずねた。

「……………」

「相馬くん!」

かつての上司の厳しい声に、相馬は渋々口を開いた。

「あいつ…。マリコさんが俺には釣り合わないって。その……年齢的に」

「なーんだ、そんなこと?」

マリコは拍子抜けしてしまった。

「そんなことって……。マリコさん、怒らないんっすか?」

「だって事実だし…。逆にどうして相馬くんはそんなに怒ってるの?」

「分からない、っす。でも、何だかマリコさんをバカにされるのは面白くないってゆーか……」

「ふふふ。ありがとう」

うっす、と照れたように笑う相馬。
そんな相馬は、「おや?」とマリコの頭上に視線を留めた。

「あれ?マリコさん、髪になにか……」

「え?」

相馬は何気なくマリコの髪についたゴミを取り払った。
それは遠目から見れば、相馬がマリコの髪を撫でているように見えただろう。


「リョー、まさか本当に…?」

ラウンジに残っていた希沙良は、二人の様子を観察していた。

「shit!」

希沙良は親指の爪を噛む。
それは心配ごとがあるときの、彼女の癖だった。



3/7ページ
スキ