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幸い個室を割り当てられていた土門は、ベッドに座ると、二人へ椅子をすすめた。

翼はカバンを足元へ置くと、腰を落ち着け、話を始めた。

「僕がここでマリコ先生に会ったのは、本当に偶然です。医療裁判を抱えていて、こちらの先生の意見を聞きに来た帰りなんです」

「そうでしたか…。本当にすまない」

「いえ。しかし、マリコ先生はあなたがICUで治療を受けていると思っていたようですが……」

「なに?どういうことだ?」

「だって、ナースステーションに聞いたらそう言われたのよ」

「順を追って説明してくれ」

マリコは頷く。

「科捜研に電話があったの。土門さんが窃盗犯と揉み合いになって怪我をした、って」

「ああ」

「それで慌てて病院へ来たのよ。そこで土門さんの居場所を聞いたら、ICUにいるって言われたわ」

「ふむ。それは情報が錯綜していたんだな。実は俺と揉み合いになった窃盗犯だが…、もん”という名前だった」

土門は空に『紋』という字を描いて見せる。

「え?」

「そしてICUにいるのは、そいつだ。確保した後も逃げ出そうと暴れてな。逃走しかけた所を車にはねられた」

「…そう。それで看護師さん、間違えたのね」

「すまん、榊。心配をかけた」

「ううん。無事ならいいの」

マリコはようやくほっとした表情を見せた。




「良くないと思いますけど?」

割り込んだのは翼だ。

「全然良くないですよ、二人とも」

「翼くん?」

「土門刑事、マリコ先生が泣いていたのはあなたのことが心配だったからだけではありませんよ」

「どういう意味だ?」

「マリコ先生は、親族でないことを理由にICUでの面会を断られたそうです」

「……………」

「あなたが心配でも傍に居られないことを悔やんでいたんですよ!」

「翼くん、もういいわ。間違いだったんだし」

マリコは翼を止める。
翼はまだ何か言いたげだったが、ぐっと言葉を飲み込んだ。


「………本当なのか?」

「断られたのは、本当よ」

「そう、か……」

それから暫く土門は無言で、何か考え込んでいるようだった。


「それにしても、まだマリコ先生が榊姓だったことには驚きましたよ。夫婦別姓なのかと思ったら、そうではないようですし……」

翼はまるで独り言のように呟く。
もちろん、土門へ聞かせているのだ。

「土門刑事。今度のことで考えは変わりませんか?僕もこんな仕事をしている以上、誰から恨みを買っているか知れない。だからあなたの気持ちもわからなくはない。でも…」

その声は段々と低く重くなっていく。

「いくらあなたがマリコ先生を大切だと思っていても、婚姻関係にない人間は今際いまわきわに立ち会うことさえできない。それでもいいんですか?」

そして今度はマリコを見る。

「マリコ先生も、意地を張りすぎるのはよくないですよ。二人ともお互いを求めているくせに」

「翼くん…」

翼はマリコに笑顔で頷いてみせた。
頑張れ、と応援する気持ちがマリコに届いただろか?


「土門刑事」

翼は改めて土門に対峙する。

「これが本当に最後の忠告です。この機を逃すなら、僕はマリコ先生を攫ってでも奪う。そして二度とあなたには会わせない」

「お前……」

「本気ですよ、僕は」

しば暫しの
一人の女をめぐって。
二人の男の視線が静かにぶつかる。

「………分かった」

翼はその返事を聞くと、カバンを手に取った。

「僕はこれで失礼します。マリコ先生、また。土門刑事…お大事に」

「待って、翼くん!」

「追うな、榊!」

「でも……」

「お前はここにいろ。話が……………ある」

背後で聞こえた土門の台詞に、翼はふっと笑う。
いよいよ、この長い片恋に決着がつくらしい。

マリコを応援する気持ちは真実だ。
そして、そんなマリコを諦めきれない気持ちもまた、事実。
それでも最後にもう一度。
もう一度だけ、翼は土門をけしかけたのだ。

二人を病室に残し、翼は静かに扉を閉めた。

「マリコ先生。…榊マリコさん。どうかお幸せに」



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