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イソ弁の身の上だった
こじんまりとしたオフィスだが、駅や役所に近く、利便性の良さからも依頼人は見込めるはずだ。
応接セットを整え、翼は一息つこうとソファに沈み込んだ。
そのとき、インターフォンが鳴った。
さすがに依頼人ではないだろう。
「はい?」と大声で返事をすれば、聞き慣れた運送会社の名前が返ってきた。
翼は渋々腰を上げた。
伝票に受け取りのサインをした翼は、あらためて受領証を確認した。
依頼主の氏名は榊マリコ。
開所祝とカードのついた豪華な胡蝶蘭の届け主は、翼の憧れの女性、マリコだったのだ。
翼とマリコの関係は、翼が高校生の頃にまで遡る。
翼には大学教授の叔父がおり、当時受験生だった彼に、その叔父の教え子が家庭教師として送り込まれた。
それがマリコだった。
よくある話だが、当然初めは不満げだった翼青年も、マリコに会うや恋に堕ちた。
それ以来、長い間翼はマリコに想いを寄せている。
土門との関係性を知った今でも、その気持ちは変わらない。
だが、無理やり奪い取るような真似はしない。
何よりマリコの幸せを願っているからだ。
ただし。
もしマリコが悲しむようなことがあれば…その時は自分の出番だと、翼は心に決めている。
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