偽り





「榊、入るぞ」

寝室の扉を開けると、見慣れたベッドの上にはこんもりとした布団の山ができていた。
あまりに子供じみた隠れ方に、土門は吹き出しそうになる。

「榊」

ぎしっ。
スプリングの軋みと、名前を呼ぶ声に、マリコは布団の上からでも分かるほどにビクンと震える。

「榊。大丈夫か?」

「……………爆弾は?」

くぐもった声がようやく聞こえた。

「2つとも解除は終わった。怪我人もいない。お前が知らせてくれたお陰だ」

「そう。よかった……」

頷いたのか、布団が揺れる。

「土門さん、ごめんなさい」

「ん?」

「私から別れて欲しいとお願いしたのに、結局土門さんに頼る結果になってしまったわ。迷惑をかけてごめんな……」

「馬鹿言うな!」

思わず土門はマリコの言葉を遮った。

「お前、俺以外に頼れる人間がいるのか?」

「……………」

布団の山はうんともすんとも答えない。

「もし、お前が俺以外の人間に頼っていたら……俺は許さん」

「土門さん……」

「それに。俺はお前と別れることを認めてはいないぞ」

「え?だって、わかったって……」

「お前の話はわかったと言っただけだ。お前と別れることを了承したわけじゃない」

土門はそっと手を伸ばすと、マリコから布団をはがした。
すると、膝を抱え一回り小さくなったマリコがそこにいた。

「聞こえたか?俺はお前と別れるつもりは、ない」

「……ほん、とう?」

「当たり前だ。お前がいくら頼もうと、聞き入れるつもりもないから、覚悟しておけ!」

マリコは両手を広げると、土門の首に抱きついた。

「榊!?」

驚きつつも、土門はマリコを受け止める。


「どこにも…行かない?」

――――― 不安と。

「ああ」



「ずっと、傍にいてくれる?」

――――― 期待と。

「ああ」



「約束……よ?」

――――― そして、願望。

「……ああ」



土門はマリコを力一杯抱き締めた。

「だから、もう泣くな……」

「!?」

土門は気づいていたのだ。
声に出せぬまま飲み込んだ涙を、マリコの心が流していたことを。

「ども、ん、さん……」

マリコはとうとう声を震わせた。

「榊、すまなかった。お前が一番辛いときに、傍にいてやることができなかった。守ってやれなかった………」

マリコは何度も何度も首をふる。

「さかき」

優しく名を呼ばれ、マリコは土門の顔を見た。
土門はマリコの頬を流れる一粒の涙を拭き取ると、乱れた髪を耳にかけ直した。
その瞬間、マリコはうっとりと目を細める。
マリコの大好きな『仕草』だ。

そんなマリコの唇に、落ちてきたのは二度の口づけ。
一度目のそれは、謝罪。
二度目は、感謝。

「榊…」
「土門さん……」

そして、カウントしていなかった三度目の口づけは。

――――― ずっと傍にいる。

その、約束の“証”。




fin.



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