偽り





「あなた………………………が、犯人?」

マリコは驚愕に、しばらく声が出なかった。
帽子を脱ぎ、マリコの目の前に立っているのは、どう見ても女性だ。

「ええ、そうよ。どうしたの?女性の振りをする男の犯人なんてこれまでにも大勢いたんじゃない?その逆なだけよ?」

女は玄関を上がると、余裕綽々しゃくしゃくに喋りながら、ずんずんと部屋の中へと進んでいく。

「それは、そうだけれど………」

では、あの電話の声は変声機を通したものだったのか。
今回は完全に盲点だった。
マリコは犯人を男性だと思い込み、他の可能性を疑いもしなかった。

「それなら、私に興味があるというのは嘘ね?」

女は口角を不自然に上げ、気味の悪い笑顔を見せる。

「いいえ、本当よ。私はバイセクシャルなの。榊マリコさん、あなたはとっても魅力的だわ。整った顔立ちに、均整のとれた体つき……」

舐めるような視線に体を辿られ、マリコは悪寒に背筋が震えた。

「そして何より、その瞳。意志が強く、濁りのない宝石みたい…。その瞳にずっと私だけを映してほしいの。そしてその瞳が今より輝いたり、悲しみに翳ったり…欲望に滲んだりするのを見てみたいの。私だけに見せてちょうだい」

マリコと同じくらい白くて細い指先。
違うのは毒々しい爪の色。
そのつま先がマリコの顎を捕らえる。
マリコは顔を背けようと、首を振る。
しかし、この細腕のどこにそんな力があるのかと思うほどがっしりと捕まれ、それは叶わない。

「逃がさないわ。ようやく、手に入れたんだもの………」

女の顔がマリコに迫る。
逃げたいのに、逃げられない。
まるで金縛りにでも遭っているかのように、マリコは体が動かなかった。

赤いルージュが歪んで微笑む。
あと数センチで唇が重なる、という手前で女はピタリと止まった。
そして、何を思ったのか。
唇ではなく、女はマリコの耳朶にしゃぶりついた。
きついムスクの香りがマリコにまとわりつく。
耳元の粗い息遣いに、マリコは吐き気を覚えた。

快感どころかおぞましさに血の気がひく。
マリコはきつく目を閉じた。
自分の体に巻き付く腕がもっと太く、逞しいものだったら…とマリコは思う。
この唇が、息づかいが………。
同じ行為でもこんなに違うものなのか。

「土門さん……」

マリコは今一番に求めている名前を口にした。

女の動きが止まる。

「あの男がそんなにいいの?」

「……………」

「でも、もう会うことはできないわよ?」

「……………」

答えないマリコに女は痺れを切らす。

「そう。邪魔ね、あの男」

ぼそりと聞こえた女の言葉に、マリコは反応した。

「何をするつもり?」

「さぁ、何して欲しい?」

「何もしないで!そういう約束だったでしょう!」

必死なマリコにクスクスと女は笑う。

「犯人は約束を破るものでしょう?科捜研の榊マリコも、好きな男のためだと思考回路がおかしくなるみたいね?でも……」

女は愛おしそうに、マリコの髪を撫でる。

「嫌いじゃないわ、そういう顔。その顔が絶望に沈んだときを見てみたいから」


そういうと、女はマリコの髪をひと房、耳にかけた。


その瞬間、恐怖に支配されかけていたマリコの瞳に、小さな怒りの灯りがともる。

女がたった今自分にした『仕草』。
それをしていいのは、土門だけ。
他の誰にも許してはいない。
一人だけ。
………土門だけだ。

マリコはきっと女を睨んだ。

「あなたみたいな姑息な人に、土門さんは負けたりしない。私だって!」

「マリコさん?」

女は突然のマリコの変貌に驚き、眉間に皺を寄せた。

「私、どうかしていた。私は一人じゃないのに…。必ず助けてくれる」

「あの男が?」

ふん!と女は鼻を鳴らす。

「土門さんだけじゃない。私には科捜研のみんながいる。あなたも言ったじゃない。私は科捜研の榊マリコよ!」

「へー、そう」

女の声が冷たくなる。

「だったら試してみましょうか?あなたのその綺麗な瞳も高いプライドもズタズタにしてあげる。想像するだけで、ゾクゾクするわ」

挑戦的な二人の女の視線が絡み合う。
一触即発の勝負、その幕が開いたのだ。



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