偽り
しかしマリコの願いとは別に、捜査は思うように進まなかった。
進展のないまま、一日、一日と時間だけが過ぎていく。
マリコの焦燥は募るばかりだ。
そして。
ついにタイムリミットの3日目を迎えてしまった。
「土門さん」
マリコは土門を屋上に呼び出していた。
「ん?」
「お願いがあるの」
「なんだ?」
この期に及んで、マリコの決意は鈍る。
しかしここで自分が動かなければ、今日にも土門の身に危害が及ぶかもしれないのだ。
「私と………別れて欲しいの」
強く、強く握った手の指先から血の気が引いていく。
「………………………………………理由は?」
その声は掠れていた。
「今は………言えない」
「本気か?」
土門の目が探るようにマリコを見る。
「………………」
マリコは両手で口元を覆ったまま、答えることができない。
当たり前だ。
土門さんと別れるなんて。
土門さんのもとを離れるなんて、これまで考えたことすらなかった。
ましてや自分から別れを切り出すなんて………。
お願い、嫌だといって。
お願い、ずっと傍にいるといって。
お願い、気づいて………土門さん。
お願い……………。
「わかった」
しかし、土門はその一言を告げると、マリコに背を向けた。
マリコは。
去っていくその背中を見送ることは出来なかった。
なぜなら。
溢れる涙の膜に視界が霞んでしまったから……。
翌日、休みをとったマリコは、朝からずっとベッドの中にいた。
土門のことを考える度に、ひとりでに涙が出て止まらない。
頭が痛い。
体が重い。
ただ、眠りたかった。
犯人のことも、土門のことも、何も考えず……。
けれど、神さまは非情だった。
枕元のスマホが鳴る。
土門からでないことは、すぐに分かった。
そうなると………。
「………もし、もし?」
『土門とは別れたのか?』
やはり。
今一番、マリコの聞きたくない声だった。
「ええ、別れたわよ」
『それで今日は一人、悲しみに暮れているわけか?』
「なっ!誰のせいだと!」
マリコはカッとなり、起き上がる。
途端にくらりと視界が揺れ、またベッドに逆戻りだ。
『ちょうどいい。慰めようと思って、玄関の前にいる。開けてくれないか?』
マリコは再び起き上がると、インターフォンの画面を凝視する。
確かに誰か人がいる。
けれどうつ向き、帽子を目深に被っているため顔は分からない。
土門に連絡するべきだろうか?…マリコは考える。
でも、一体どんな顔して頼ればいいのだろう。
明確な理由も告げず、一方的に別れを突きつけておきながら……。
マリコにはできなかった。
そんな風に、都合よく土門を使うような真似は。
しばらく迷った末、マリコは固定電話の子機を手に取ると、玄関へ向かった。