偽り
翌日、蒲原が慌てた様子で科捜研へ駆け込んできた。
「××区のマンションで爆発がありました!」
全員の視線が蒲原に集まる。
一瞬、マリコの顔から血の気が引いた。
「××区って確か……土門さんのマンションがあるところよね?」
「うちの隣だ」
「土門さん!」
マリコの質問に答えながら、土門が科捜研に姿を現す。
「土門さんのマンションは大丈夫だったの?」
マリコの脳裏には通いなれたマンションのエントランスと、お気に入りのクッションが浮かぶ。
「ああ。うちは大丈夫だ。すぐに臨場してくれるか?」
「……分かったわ」
小さく安堵の息を吐き出すと、マリコは頷いた。
現場となったのはマンションの角部屋だった。
住人の話によれば、午前中に届けられた荷物が爆発したのだという。
コロナ禍の影響で、荷物を直接受け取らず、玄関の前に置くように頼んでいたらしい。
宅配業者から配送済みの連絡が届き、取りに行こうと玄関に向かった所で爆音と揺れが起きたということだった。
結果として怪我人も出ず、不幸中の幸いであったが、あと数秒早く玄関を開けていたら…と、住人は恐怖で青ざめていた。
「住所も宛名もあの住人のもので間違いない」
「それじゃぁ……」
「ああ。まずは住人に恨みを持つ者がいないか、調べてみる。爆弾の方から何か手がかりが見つかったら教えてくれ」
「ええ…………」
「どうした?」
言葉少ななマリコに気づき、土門が問いかける。
「……………」
「榊?」
マリコは自分の身を守るように腕を組み、無意識に擦っている。
「寒いのか?」
「え?違うわ………」
「……ちょっと来い」
土門はマンションの裏手へマリコを連れていく。
「どうしたんだ?」
マリコは少しだけ躊躇ったが、やがて重い口を開いた。
「蒲原さんから事件を聞いたとき、土門さんのマンションのことが頭に浮かんだの。もしそうだったらどうしよう……って」
「榊」
「情けないけど、足が震えたわ………」
「俺はここにいるし、家もあの通り何でもない」
「うん。分かってるわ……」
それでも不安そうなマリコを、土門はそっと引き寄せた。
「心臓の音、聞こえるか?」
とくん、とくん……。
規則的に刻まれるリズムが、マリコの心のざわめきを静めていく。
「ええ……」
「心配するな。事件が片付いたら、今度はお前の心音を聞かせてくれ」
「え?」
「もちろん、直接な?」
その意味するところをたちどころに悟ったマリコは、顔を赤らめる。
「もう!蒲原さんが待ってるわよ!」
「分かってるさ。お前も気を付けろよ!」
うなずくマリコを確認すると、土門は戻っていった。
それを見計らっていたかのように、マリコのスマホが震えた。
しかし着信画面に表示されているのは知らない番号だ。
マリコは出るべきか悩んだ。
しかし、いつまでたってもスマホは震えたままだ。
仕方なく、マリコは応答のボタンをタップした。
「……もしもし?」
『手紙は読んでもらえたのか?』
「え?」
『昨日、あんたのうちに届けただろう?』
「あなた!あの脅迫状の……」
『よく撮れていたただろう?他にも何枚かあるぞ。よかったらそいつも送るか?』
「必要ないわ」
マリコの声が低くなる。
『ところで、やつの隣のマンションで爆発があったそうだな。怪我人が出なくて何よりだ。これからは荷物の受け取りにも気を付けないとなぁ?』
「なぜ、荷物のことを?あなた、まさか!?」
『良かったなぁ…。俺が“うっかり”住所を間違えて。だが、次回も宅配便で送るかは分からないし、“うっかり”住所を間違える保証もない。榊マリコ、俺は本気だ。土門と別れろ。さまもなくば、本当にやつの命をいただく』
「そんな……」
『くれぐれもおかしな気は起こさないことだな』
「あなたの目的はなに?」
『あんただよ』
「え?」
『俺はあんたに興味がある。あんたが俺のものになるっていうなら、もうやつを狙うことはしない。どうする?』
「……………」
『まぁ、少しは考える時間をやる。3日だ。3日以内に土門と別れろ。それができないなら、次はやつに被害が及ぶことになるだろう』
それだけ言うと、一方的に電話は切れた。
「そんな………」
マリコは呆然と無音のスマホを見つめる。
あと3日。
たった72時間で何ができるというのか……。
マリコはうつ向き、唇を噛みしめると歩き出した。
今は現場に戻り、検証を進めるしかない。
それが犯人にたどり着く唯一の方法なのだから……。