想問歌
その頃、屋上に残された二人は。
………その場を一歩も動けずにいた。
「榊、本当か?」
「なにが?」
「その、電話のこと」
「……………」
マリコはうつ向いたまま答えない。
「俺は白状したぞ?」
「白状って…。容疑者じゃないのよ?」
「ああ。だが、俺たちには似合っているだろう?さあ、榊。お前もさっさと吐いちまえ。楽になるぞ?」
そんな定番の殺し文句にマリコは呆れ、張っていた気も、肩の力も抜けてしまった。
「本当よ…。いつもなら屋上で会うか、ご飯を食べるか…絶対に毎日二人で逢う時間があったのに。この数日は連絡すらくれないんだもの………」
小さく唇を尖らせて、素直に不満を口にするマリコが、土門にはたまらなく愛しい。
自分の気持ちを伝えてしまえば、もう抑えはきかなかった。
ましてや、相手も同じ気持ちだと知れば尚更だ。
「構ってやれなくて、すまなかったな」
土門は“ぽん”とマリコの髪に触れた。
そして、そっとその両腕でマリコを囲った。
嫌がられるかと心配したが、マリコは大人しく囲われたままになっている。
「私たち、これからどうするの?」
「ん?そうだなぁ……特に何も変わらないだろう。俺は捜査でお前は鑑定の毎日だ」
「屋上とご飯は?」
「それも変わらない」
その答えにマリコは嬉しそうに微笑んだ。
「ただ、もう一つ。追加したいものがある」
「なあに?」
「こういう………“恋人同士の時間”ってやつだ。いいか?」
マリコは頬を染め、こくりと頷く。
土門はその頬を両手で包んだ。
「熱いな。熱があるのか?」
からかう土門に。
「土門さんのせいよ!」
「それは………」
土門の顔が近づく気配に、マリコは困ったような、恥ずかしいような…でも艶めく笑み見せ、瞼を伏せる。
「光栄だな」
掠れた声と吐息。
そして、想像以上に優しい感触が掠めるように触れ、去っていった。
「土門さん……」
見上げるマリコの瞳は期待と不安に揺れる。
もう一度。
今度は少しだけ長く。
もう一度。
もっと長く、深く……。
止まらない土門は、初めて味わうマリコの唇の虜となった。
「もっと欲しい、そう言ったらどうする?」
土門はマリコの頬を包んだまま、見つめ続ける。
「こ、困るわ……」
「……………そうか」
土門は名残惜し気に、手をほどいた。
「あ、違うの」
マリコは慌てて、その手をつかむ。
「今、は………、困るの」
土門は目を開き、そして笑う。
その顔は嬉しくて仕方がないといった笑顔だ。
「今夜なら………欲しがってもいいのか?」
「あの…。私………」
マリコは答えを躊躇う。
「何を気にしているのか知らんが、俺はお前が欲しい」
「………いいの?」
「ん?」
「だって、私、もうオバサンよ?」
「………くっ。ハハハ!」
「ちょっと!土門さん、笑いすぎよ……」
マリコはむくれる。
いくら恋愛偏差値の低いマリコだって、土門が何を求めているのかはわかる。
だからこそ、気になるのだ。
マリコだって、女性なのだから。
「いや、すまん。まさかお前がそんなことを気にしていたとは思わなくてな……」
「だって……」
コホン!と土門は咳払いをすると、マリコを見た。
その目は優しくて、温かい色をたたえている。
「お前がいくつだろうが、俺には関係ない。第一、俺だって十分にオヤジだ」
ふっと土門は自嘲し、続けた。
「オヤジな俺はいやか?」
「そんなわけないでしょ!」
「俺も同じだ。お前がいいんだ。今のままのお前が。それに……お前は綺麗だ」
そういうと、今度は有無を言わさず、土門はマリコの唇を奪った。
「ども……んっ!」
「好きだ」
息継ぎの合間に囁く。
「好きだ、榊………」
「………わたし、も」
「それがさっきの答えだと思っていいか?」
――――― 今夜なら……。
今度こそマリコは答えた。
そっと、小指を絡めて。
“yes”の返事を。
fin.